代 数 学 講 義 改訂新版

$\blacktriangleleft$ $\S\ 4.$ 一次整函数  $\S\ 6.$ 一般の一次有理函数 $w=\dfrac{\alpha z+\beta}{\gamma z+\delta}.$ $\blacktriangleright$

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第 $1$ 章 複 素 数


 $\S\ 5.$ 一次の有理函数 $\boldsymbol{w=\dfrac{1}{\hphantom{1}z\hphantom{1}}}$・反転法および立体射影

 $\boldsymbol{1.}$ 一次の有理函数を考察する前に,予備知識として幾何学で反転という写像ついて述べなければならない.
 平面上の定点 $\mathrm{O}$ を中心とする半径 $R$ の円を描いて,$\mathrm{O}$ から引いた任意の直線上に二点 $\mathrm{P}$,$\mathrm{P}^\prime$ を取って,$\mathrm{OP}\hspace{0.7mm}\cdotp\mathrm{OP}^\prime=R^2$ とするとき,$\mathrm{P}$ と $\mathrm{P}^\prime$ とを,この円に関して互いに反転という.
 この円を反転の定円,$\mathrm{O}$ を反転の中心,$R$ を反転の半径という.
 点 $\mathrm{P}$ がある図形を描くときは,それに対応して $\mathrm{P}^\prime$ がある図形を描く.それらの図形を互いに反転という.
 〔定理 $\boldsymbol{1.\ 1}$〕 反転の中心を通らない円の反転は円で,反転の中心を通る円の反転は直線である.
  〔〕 反転の中心を $\mathrm{O}$,$\mathrm{C}$ を $\mathrm{O}$ を通らない円周とし,$\mathrm{C}$ の上の任意の点を $\mathrm{P}$,$\mathrm{P}$ の反転を $\mathrm{P}^\prime$ とすれば,定義によって $\mathrm{OPP}^\prime$ は一直線で,$\mathrm{OP}\hspace{0.7mm}\cdotp\mathrm{OP}^\prime=R^2$.この直線が再び $\mathrm{C}$ に交わる点を $\mathrm{Q}$ とすれば,$\mathrm{OP}\hspace{0.7mm}\cdotp\mathrm{OQ}$ も一定であるから,$\mathrm{OP}^\prime:\mathrm{OQ}$ は一定である.さて $\mathrm{P}$ が円周 $\mathrm{C}$ を描くときに,$\mathrm{Q}$ もまた円周 $\mathrm{C}$ を描く,したがって $\mathrm{P}^\prime$ は一つの円周 $\mathrm{C}^\prime$ を描き,$\mathrm{O}$ が $\mathrm{C}$,$\mathrm{C}^\prime$ の相似の中心である.
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 特に互いに反転である二つの点 $\mathrm{P}$,$\mathrm{P}^\prime$ を通る任意の円周 $\mathrm{C}$ の反転は,その円周自身である。なぜならば,$\mathrm{O}$ を通る任意の直線がこの円に交わる二つの点を $\mathrm{P}_1$,${\mathrm{P}_1}^\prime$ とすれば $\mathrm{OP}_1\hspace{0.7mm}\cdotp{\mathrm{OP}_1}^\prime=\mathrm{OP}\hspace{0.7mm}\cdotp\mathrm{OP}^\prime=R^2$ であるからである.また $\mathrm{C}$ が反転の定円に交わる点を $\mathrm{T}$ とすれば,$\mathrm{T}$ の反転は $\mathrm{T}$ 自身であるから $\mathrm{OT}^2=\mathrm{OP}\hspace{0.7mm}\cdotp\mathrm{OP}^\prime$,したがって $\mathrm{C}$ は反転の定円に直交する.
 円周 $\mathrm{C}$ が $\mathrm{O}$ を通るとき,$\mathrm{O}$ を通る $\mathrm{C}$ の直径の他の端を $\mathrm{Q}$,$\mathrm{Q}$ の反転を $\mathrm{Q}^\prime$ とすれば,$\mathrm{C}$ の反転は $\mathrm{Q}^\prime$ において $\mathrm{OQ}^\prime$ に垂直なる直線であることは見やすい.

 反転の定義では,点 $\mathrm{P}$ が反転の中心 $\mathrm{O}$ と一致する場合が除かれているが,$\mathrm{P}$ が限りなく $\mathrm{O}$ に近づくときには,$\mathrm{P}^\prime$ は限りなく $\mathrm{O}$ を遠ざかるから,点 $\mathrm{O}$ の反転は $\infty$ であると考えるのが便利である.すなわち平面上に「$\infty$ なる一点」があるかのようにいうのである.また直線を半径の限りなく大きくなった円の極端の場合とみなして,$\infty$ を通る円周は直線であるというように考えると,上の定理を簡潔に「円の反転は円である」ということができて,かつ $\mathrm{O}$ を通る直線の反転が,その直線自身であることまでが,包括されるのである.

 〔定理 $\boldsymbol{1.\ 2}$〕 反転法において相対応する角は反対の向きに相等しい.
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 まず相対応する角の意味を説明する.点 $\mathrm{A}$ において交わる曲線 $\mathrm{C}_1$,$\mathrm{C}_2$ の反転は,$\mathrm{A}$ の反転 $\mathrm{A}^\prime$ において交わる曲線である,それらを ${\mathrm{C}_1}^\prime$,${\mathrm{C}_2}^\prime$ とする.$\mathrm{A}$ において $\mathrm{C}_1$,$\mathrm{C}_2$ に向きを付けるならば,それに応じて $\mathrm{A}^\prime$ において ${\mathrm{C}_1}^\prime$,${\mathrm{C}_2}^\prime$ に一定の向きが付く.$\mathrm{A}$ においてそれらの向きに $\mathrm{C}_1$,$\mathrm{C}_2$ の接線を引くとき,それらの接線の間の角を $\mathrm{C}_1$,$\mathrm{C}_2$ の間の角というのである.$\mathrm{A}^\prime$ における ${\mathrm{C}_1}^\prime$,${\mathrm{C}_2}^\prime$ の間の角も同様で,これらの角がすなわち反転において相対応する角である.相接する曲線の反転は,やはり相接する曲線で,曲線の間の角を考えるときには,それらの曲線を,それに接する任意の曲線でおき換えてもさしつかえない.
 よって上の定理を証明するのに,$\mathrm{A}$ において二つの直線 $\mathrm{Ac}_1$,$\mathrm{Ac}_2$ が与えられてあるとして,それらに接する曲線 $\mathrm{C}_1$,$\mathrm{C}_2$ は随意に選んでよい.
 いま $\mathrm{A}$ とその反転 $\mathrm{A}^\prime$ とを通り,かつ $\mathrm{A}$ においてそれぞれ $\mathrm{Ac}_1$,$\mathrm{Ac}_2$ に接する二つの円を $\mathrm{C}_1$,$\mathrm{C}_2$ とし,$\mathrm{A}^\prime$ においてそれらの円に接線 $\mathrm{A}^\prime{\mathrm{c}_1}^\prime$ $\mathrm{A}^\prime{\mathrm{c}_2}^\prime$ を各円周において $\mathrm{Ac}_1$,$\mathrm{Ac}_2$ と反対の向きに引けば,これらの円はそれ自身の反転であるから,問題は $\mathrm{Ac}_1$,$\mathrm{Ac}_2$ の間の角と $\mathrm{A}^\prime{\mathrm{c}_1}^\prime$,$\mathrm{A}^\prime{\mathrm{c}_2}^\prime$ との間の角とが反対の向きに相等しいということに帰する.それは,しかしながら明白である.

 反転法は空間に拡張することができる.すなわち定点 $\mathrm{O}$ から引いた直線上に二点 $\mathrm{P}$,$\mathrm{P}^\prime$ を取って $\mathrm{OP}\hspace{0.7mm}\cdotp\mathrm{OP}^\prime=R^2$ ならしめるとき,$\mathrm{P}$,$\mathrm{P}^\prime$ を互いに反転という.この場合に,球面の反転は一般に球面で,特に $\mathrm{O}$ を通る球面の反転は平面である.また直線の反転は,その直線と $\mathrm{O}$ とを含む平面上にあって $\mathrm{O}$ を通る一つの円周である.また円はそれを二つの球面の交わりと考えることができるから,その反転はこれらの球面の反転の交わりで,一般に一つの円である.
 また相対応する角が等しいことも,上と同様にして互いに反転である点において交わる二つの円によって証明することができる.
 $\boldsymbol{2.}$ 空間における反転を応用して,球面上の図形を平面上に写像して相対応する角を相等しくすることができる.これがいわゆる立体射影stereographic projection)である.
 球面 $\mathrm{K}$ の上に反転の中心 $\mathrm{O}$ を取って,$\mathrm{O}$ を通る直径に垂直な平面 $\mathrm{H}$ を作り,反転の半径 $R$ を適当に選べば,$\mathrm{H}$ が $\mathrm{K}$ の反転になる.$\mathrm{O}$ から球面上の任意の点 $\mathrm{P}$ を通る直線を引いて,平面 $\mathrm{H}$ と $\mathrm{P}^\prime$ において交わらせると,$\mathrm{P}^\prime$ は $\mathrm{P}$ の反転である.$\mathrm{P}^\prime$ を $\mathrm{P}$ の立体射影という.$\mathrm{P}$ が球面上を動いて一つの図形 $\mathrm{F}$ を描くときは,$\mathrm{P}^\prime$ は平面 $\mathrm{H}$ の上において,それに対応する図形 $\mathrm{F}^\prime$ を描く.$\mathrm{F}^\prime$ が $\mathrm{F}$ の立体射影で,$\mathrm{F}$,$\mathrm{F}^\prime$ において相対応する角は相等しい.特に円の射影は一般に円で,$\mathrm{O}$ を通る円に限って,その射影が直線になる.
 〔問題 $\boldsymbol{1}$〕 球 $\mathrm{K}$ の中心を通って平面 $\mathrm{H}$ を引き,中心を原点として平面上に直交軸 $x$,$y$ を取り,立体射影の中心を $z$ 軸の負の向きに取って,球面上の点とその射影との座標の間の関係を求めよう.座標の原点を $\mathrm{O}$ としたいから,射影の中心を $\mathrm{S}$ と名づけよう.球の半径を $R$ とすれば,球面上の点 $\mathrm{P}$ の座標 $X$,$Y$,$Z$ とその射影 $\mathrm{p}$ の坐標 $x$,$y$ との間に次の関係がある.
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\begin{eqnarray*}&&\ \ \!x=\frac{RX}{\ R+Z\ },\hspace{5mm}y=\frac{RY}{\ R+Z\ }.\tag{$\ 1\ $}\\[2mm]&&\left.\begin{array}{l}X=\dfrac{2R^2x}{\hphantom{1}x^2+y^2+R^2\hphantom{1}},\\[2mm]Y=\dfrac{2R^2y}{\hphantom{1}x^2+y^2+R^2\hphantom{1}},\\[2mm]Z=\dfrac{\ \ R(R^2-x^2-y^2)\ \ }{x^2+y^2+R^2}.\end{array}\hspace{2cm}\right\}\tag{$\ 2\ $}\end{eqnarray*} 〔解〕 $\dfrac{x}{\ X\ \ }=\dfrac{y}{\ \ Y\ \ }=\dfrac{\mathrm{SO}}{\mathrm{SM}}=\dfrac{R}{R+Z}$ から $\left(\ 1\ \right)$ を得る.
また $\dfrac{x}{\ X\ \ }=\dfrac{y}{\ \ Y\ \ }=\dfrac{R}{R+Z}=\dfrac{\mathrm{Sp}}{\mathrm{SP}}=\dfrac{\mathrm{Sp}^2}{\mathrm{Sp}\hspace{0.7mm}\cdotp\mathrm{SP}}=\dfrac{\ \mathrm{Op}^2+R^2\ }{\mathrm{SO}\hspace{0.7mm}\cdotp\mathrm{SN}}=\dfrac{\hphantom{1}x^2+y^2+R^2\hphantom{1}}{2R^2}$ から $\left(\ 2\ \right)$ を得る.

 $\boldsymbol{3.}$ 以上幾何学に関する説明を終わって,複素変数 $z$ の一次の有理函数に返り,まず簡単な特別の場合\[w=\frac{1}{\hphantom{1}z\hphantom{1}}\]から始める.極座標を用いて\[z=r(\cos\theta+i\sin\theta)\]
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とすれば,\[w=\frac{1}{\hphantom{1}r\hphantom{1}}(\cos\theta-i\sin\theta).\]$w$ と共役な複素数は\[\overline{w}=\frac{1}{\hphantom{1}r\hphantom{1}}(\cos\theta+i\sin\theta)\]であるから,$\mathrm{O}$ を中心とする半径 $1$ の円(それを単位円という)を反転の定円とするとき,$\overline{w}$ は $z$ の反転である.
 よって $z$ を反転して $z^{\Large*}$ を得るとき,実数軸に関して $z^{\Large*}$ と対称なる点を求めるならば,それがすなわち $w=\dfrac{1}{\ z\ }$ である.
 互いに対称な図形は反対の向きに合同であるから,$w=\dfrac{1}{z}$ による写像においては,円には円が対応し,相対応する角は同じ向きに相等しい.ただし円という中に特別の場合として直線を含めるのである.
 $z$ の値と $w$ の値とは一般に一つずつ相対応するが,ただ $z=0$ と $w=0$ とが例外である.$z$ が複素数平面上で限りなく $0$ に近づくときには,$z$ の絶対値は限りなく小さくなり,したがって $w$ の絶対値は限りなく大きくなる.同様に,$w$ が $0$ に近づくときには,$z$ の絶対値が限りなく大きくなる.よって複素変数の絶対値が限りなく大きくなるときには,偏角のいかんにかかわらず,その複素変数は $\infty$ になるということにして,$z=0$ には $w=\infty$ が対応し,また $w=0$ には $z=\infty$ が対応するといえば,言葉の上では,上の例外を除くことができる.
 $z$ が各方面から $0$ と異なるある値 $\alpha$ に近づくときには,それに対応して $w$ も各方面からある一定の値 $\beta$ に近づく.$\beta$ はすなわち $\dfrac{1}{\alpha}$ である.ただ $z$ が各方面から $0$ に近づくときには,$w$ は各方向に限りなく離散する.それは事実であっていかんともすべからざるのであるが,ただその事実のいい表わし方である.限りなく離散することを,$\infty$ に集合するというまでである.
 この離散を化して実際上の集中とする手段がある.それは立体射影である.$\boldsymbol{2.}$ で述べたようにして,複素数平面を,原点を中心とする半径 $1$ の球面上に投影すれば,球面上の各点と複素数平面上の各点 $z$ との間に,一対一の対応が生ずるから,球面上の点によって複素数 $z$ を表示することができる.ただ球面上における射影の中心 $\mathrm{S}$ に対応する点は複素数平面上にはない.けれども,複素数平面上において $z$ の絶対値が限りなく増大するときは,$z$ を表わす球面上の点は限りなく $\mathrm{S}$ に近づく.よって $\mathrm{S}$ は $\infty$ を表示するものと見れば,平面上における $\infty$ への離散が,球面上では特定の一点 $\mathrm{S}$ への集中として,表現されるのである.
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 〔問題 $\boldsymbol{2}$〕 $z$ が $0$ において相接する円周を描くとき,$w=\dfrac{1}{z}$ は平面上では互いに平行な直線を描くが,球面上では $w=\infty$ において相接する円周を描く.$z$ が $0$ と $\alpha$ とで交わる二つの円周を描くとき,$w$ は平面上では $\dfrac{1}{\alpha}$ を通る二つの直線を描くから,その交点は $\dfrac{1}{\alpha}$ だけであるが,球面上では $\infty$ と $\dfrac{1}{\alpha}$ とにおいて相交わる二つの円周を描く.
 〔問題 $\boldsymbol{3}$〕 上の球面上の表示において複素数 $z=x+yi$ を表わす球面上の点の座標を $X$,$Y$,$Z$ とすれば\begin{alignat*}{1}x+yi=\frac{\ X+Yi\ }{1+Z},\hphantom{\}\}}&\\[2mm]\left.\begin{array}{r}X+Yi=\dfrac{2z}{\ \!\ 1+|z|^2\ },\\[2mm]Z=\dfrac{1-|z|^2}{\ \!\ 1+|z|^2\ }.\end{array}\right\}&\end{alignat*}原点を通り,方向余弦が $l$,$m$,$n$ である直線が球面を切る点は $\omega=\dfrac{l+mi}{1+n}$ を表わし,その対極点は $\omega^\prime=-\dfrac{\ l+mi\ }{1-n}$ を表わす.したがって $\overline{\omega}\omega^\prime=-1$.
 〔解〕 問題 $1$($22$ 頁)参照.ここでは $R=1$.また $l^2+m^2=1-n^2$.
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