代 数 学 講 義 改訂新版

$\blacktriangleleft$ $\S\ 7.$ 多項式の四則  $\S\ 9.$ 代数学の基本定理 $\blacktriangleright$

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第 $2$ 章 方程式論の基本定理


 $\S\ 8.$ 多項式の連続性

 $\boldsymbol{1.}$ 前節では多項式四則の形式的の側面を主として述べたのであるが,いま代数学の基本定理を証明するに当って,函数としての多項式の二,三の性質を考察することが必要である.まず次の定理から始める.
 〔定理 $\boldsymbol{2.\ 1}$〕 多項式 $f(z)$ は $z$ の連続函数である.
 〔解説〕 定理の意味は次のとおり.変数 $z$ が複素数平面上において変動するとき,それに伴って $f(z)$ も変動するが,$z$ の変動の範囲を十分に狭く制限することによって,$f(z)$ の変動をいくらでも小さい予定の範囲内に止まらせることができる.式に書けば,$\delta$ を任意に与えられた正数とするとき,それに対応して適当に正数 $\varepsilon$ を定めて\[|h|\lt\varepsilon\hphantom{1}なるとき\hphantom{1}|f(z+h)-f(z)|\lt\delta\tag{$\ 1\ $}\]とすることができる.
 〔〕 $f(z)$ を $n$ 次の多項式とすれば,\[f(z+h)=f(z)+Bh+Ch^2+\cdots+Lh^n\tag{$\ 2\ $}\]で,$B$,$C$,$\cdots$,$L$ は $z$ の多項式で,$h$ に関係しない.よって $z$ に一定の値を与えるならば,$B$,$C$,$\cdots$,$L$ の値も一定である.それらの絶対値のうち最大のものを $M$ とする.
 また $|h|\lt1$ とすれば\begin{alignat*}{1}|f(z+h)-f(z)|&=|Bh+Ch^2+\cdots+Lh^n|\\[2mm]&\leqq|Bh|+|Ch^2|+\cdots+|Lh^n|\\[2mm]&\lt M|h|+M|h|+\cdots+M|h|=nM|h|.\end{alignat*}ゆえに $\delta$ が任意に与えられた正数であるとき,\[|f(x+h)-f(z)|\lt\delta\]とするには,\[nM|h|\lt\delta,\]すなわち\[|h|\lt\frac{\delta}{nM}\tag{$\ 3\ $}\]とすれば,大丈夫である.
 $|h|$ に課した条件は,これと $|h|\lt1$ とであるから,$1$ よりも,また $\dfrac{\delta}{nM}$ よりも,小さい数を $\varepsilon$ とすれば,$(\ 1\ )$ で要求されているように,\[|h|\lt\varepsilon\hphantom{1}のとき\hphantom{1}|f(z+h)-f(z)|\lt\delta\]になる(証終り).
 上の $(\ 1\ )$ は $h$ が限りなく $0$ に近くなるときに,$f(z+h)$ は限りなく $f(z)$ に近くなることを示すものであるから,それを次のようにしるせば,印象が鮮明である.\[h\rightarrow0 のとき f(z+h)\rightarrow f(z).\]ついでながら,上の $(\ 2\ )$ から\[\frac{f(z+h)-f(z)}{h}=B+Ch+\cdots+Lh^{n-1}\]を得る.右辺に上の定理を適用すれば,\[h\rightarrow0 のとき \frac{f(z+h)-f(z)}{h}\rightarrow B.\]$B$ はすなわち $f^\prime(z)$ であるから\[h\rightarrow0\ のとき\ \frac{f(z+h)-f(z)}{h}\rightarrow f^\prime(z).\] または $z+h=z^\prime$ とすれば\[\underset{z^\prime\rightarrow z}{\mathrm{Lim}}\frac{\hphantom{1}f(z^\prime)-f(z)\hphantom{1}}{z^\prime-z}=f^\prime(z),\]すなわち $\S\ 7$ で計算によって導いた $f^\prime(z)$ は $f(z)$ の微分商である.
 ただし,ここでは $z$,$z^\prime$ は複素数である.複素数平面上において $z^\prime$ がどの方面から $z$ に近づいても,\[\frac{\hphantom{1}f(z^\prime)-f(z)\hphantom{1}}{z^\prime-z}\]は一定の極限 $f^\prime(z)$ に近づくのである($\S\ 6.6$).
 なおつけ加えて述べておくべきことは,多項式の連続の一様性である.上の証明では,$z$ が一定の値をもつものと仮定して,与えられた $\delta$ に対して $(\ 1\ )$ を満足させる $\varepsilon$ を求めたのである.$\varepsilon$ は $(\ 3\ )$ によって定めればよいのであったけれども,$(\ 3\ )$ における $M$ は $z$ の値に伴って変わるものである.しかるに,いま $z$ は与えられた有限の範囲 $C$ の中にあるとするならば,$z$ の絶対値はある一定の限界以内に止まるから,$|z|\lt R$ とおくことができる.$R$ はある一定の正数である.さて $(\ 2\ )$ における $B$,$C$,$\cdots$,$L$ は $z$ の多項式であるから,$|z|\lt R$ である限り,$|B|\lt M$,$|C|\lt M$,$\cdots$,$|L|\lt M$ になるような一定のある値 $M$ を求めることができる.
 そのためには,$z$ の多項式である $B$,$C$,$\cdots$,$L$ において,各係数をその絶対値でおき換え,また $z$ を $R$ でおき換えて得られる値の中の最大なものを $M$ とすればよい.
 このように $M$ を定めて,上の説明で述べたとおりに $\varepsilon$ を取るならば,$z$ が与えられた範囲 $C$ の内部にある限り,$z$ の値のいかんに関せず,与えられた $\delta$ に対しては,いつも同じ $\varepsilon$ で,\[|h|\lt\varepsilon のとき |f(z+h)-f(z)|\lt\delta\]とすることができる.この意味において $f(z)$ は範囲 $C$ において一様に連続であるというのである.
 一般に,閉じた区域 $C$ に属する $z$ の各々の値に対して連続的な函数は $C$ において一様に連続である.ここでは特に多項式のみに関して証明をしたのである.
 〔定理 $\boldsymbol{2.\ 2}$〕 $f(z)$ が一次以上の多項式ならば,\[z\rightarrow\infty のとき f(z)\rightarrow\infty.\] 〔解説〕 定理の意味は,$z$ の絶対値を十分大きくするならば,$f(z)$ の絶対値をいくらでも大きい予定の限界以上に出させることができるというのである.すなわち $K$ が任意に与えられた正数であるとき,それに応じて適当に $R$ を定めて,\[|z|\gt R のとき |f(z)|\gt K\]になるようにすることができるのである.
 〔証〕\[f(z)=az^n+bz^{n-1}+\cdots+l\hspace{1cm}(a\neq0,\hphantom{n}n\geqq1)\]    
とすれば\[f(z)=az^n\left(1+\frac{b}{a}\ \frac{1}{z}+\cdots+\frac{l}{a}\ \frac{1}{z^n}\right)\underset{.}{\vphantom{1_1}}\]括弧の中を $1+\varTheta$ とおく.すなわち\[f(z)=az^n(1+\varTheta),\]\[\varTheta=\frac{b}{a}\left(\frac{1}{z}\right)+\cdots+\frac{l}{a}\left(\frac{1}{z}\right)^n\underset{.}{\vphantom{1_1}}\]$\varTheta$ を $\dfrac{1}{z}$ の多項式とみなせば,定理 $2.\ 1$ によって\[\frac{1}{z}\rightarrow0 のとき \varTheta\rightarrow0.\] ゆえに $1$ よりも小さい任意の正数(それは何でもよいが,きまりをつけるために$\dfrac{\hphantom{1}1\hphantom{1}}{2}$としよう)を与えるならば,\[\left|\frac{\hphantom{1}1\hphantom{1}}{z}\right|\lt\varepsilon\hphantom{1}のとき |\varTheta|\lt\frac{\hphantom{1}1\hphantom{1}}{2}, したがって |1+\varTheta|\gt\frac{\hphantom{1}1\hphantom{1}}{2}\]
.
になるような $\varepsilon$ が定められる.
そうすれば\[|f(z)=|az^n|\ |1+\varTheta|\gt\frac{1}{2}|az^n|.\]ゆえに\[|f(z)|\gt K\]にするには\[\frac{1}{2}|az^n|\gt K\]すなわち\[|z|\gt\sqrt[\large n]{\frac{2K}{|a|}}\]とすれば十分である.
 $|z|$ に課した条件は,これと $\left|\dfrac{\hphantom{1}1\hphantom{1}}{z}\right|\lt\varepsilon$ すなわち $|z|\gt\dfrac{1}{\varepsilon}$ とであるから,$R$ を $\dfrac{1}{\varepsilon}$ および $\sqrt[\large n]{\dfrac{2K}{|a|}}$ よりも大きくすれば,要求のとおりに\[|z|\gt R のとき |f(z)|\gt K\]になる.
 〔問題 $\boldsymbol{1}$〕 $f(x)=ax^n+bx^{n-1}+\cdots+kx+l$ において,係数も変数も実数とする.しからば $x$ が絶対値においてある限界を越えて大きくなるとき,$f(x)$ の符号は $ax^n$ の符号と一致する(ただし $a\neq0$).
 また $x$ が絶対値において十分に小さい間は,$f(x)$ の符号は $l$ の符号と一致する(ただし $l\neq0$).
 〔解〕 定理 $2.\ 2$ と同じように\[f(x)=ax^n(1+\varTheta)\]とおけば,$|x|$ を十分に大きくするとき,$|\varTheta|\lt\dfrac{1}{2}$,したがって $1+\varTheta\gt\dfrac{1}{2}$ になる.すなわち $1+\varTheta$ は正であるから,前段は証明された.
 後段は $x\rightarrow0$ のとき $f(x)\rightarrow l$ であるから明白.
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