代 数 学 講 義 改訂新版

$\blacktriangleleft$ $\S\ 38.$ 二元二次方程式  $\S\ 40.$ 前節の続き$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$証明の根拠 $\blacktriangleright$

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第 $7$ 章 不 可 能 の 証 明


 $\S\ 39.$ 五次以上の方程式の代数的解法の不可能

 $\boldsymbol{1.}$ 四次以下の方程式の解法は,既知と見なされる数から出発して,それらに四則および開法を行なって,ついに根に達するのである.このような方法を代数的解法といっている.
 この用語は現代的には妥当でないけれども,慣例上使用されている.要するに冪根による解法の意味である.

 〔定理 $\boldsymbol{7.\ 1}$〕 五次以上の方程式は$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$一般には$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$それを冪根によって解くことが不可能である.
 この有名な定理は Abel によって確定的に証明された($1826$)それは方程式論の旋回点であった.
 この定理を紹介するに当たって,Abel にしたがって,まず既知の数から四則と開冪とによって作り出される数の組織の解剖から始めることが必要である.
 $\boldsymbol{2.}$ 定数または変数(文字)から成り立つ数の一区域(集団)があって,その範囲内において,有理算法(四則)が可能であるとき,そのような数の範囲をまたは有理区域という.
 たとえば,有理数の全部が一つの体を組成する.それは有理数から四則によって生じ来るものは有理数ばかりであるというのにほかならない.同様の意味において,実数の全部または複素数の全部がおのおの一つの体を組成する.また一つまたは二つ以上の変数の有理式の全部が一つの体を組成する.あるいはそれらの有理式に含まれる係数を有理数に限定しても同様である.
 ゆえに体というのは団体などの体と同様で,幾何学にいう立体などとは趣が違う.体を有理区域ともいうが,その区域は実数軸上の区間または複素数平面上の一区域(単位円の内部など)というような意味ではない.
 上に掲げた体の例において,全部という語が重要である.一つの体が $\alpha$($\neq0$)なる数を含むとすれば,体の定義によって $\alpha/\alpha$ すなわち $1$ がその体に含まれ,したがって $1+1=2$,$2+1=3$,$\cdots$,また $1-1=0$,$0-1=-1$,$0-2=-2$,$\cdots$,したがってまた $2/3$,$-2/3$ などが,その体に含まれねばならない.すなわち体はすべての有理数を含まねばならない.有理数の一部を任意に限定しても,それだけでは体を成すとはいわれないのである.
 一つの体が与えられているとき,その体に含まれない数を添加して体を拡張することができる.体の拡張というのは与えられた体よりも広汎な範囲を成すところの新しい体を作り出すことをいうのである.
 たとえば,有理数体に $\sqrt{2}$ は含まれない.有理数体に $\sqrt{2}$ を添加すればいかなる体が生ずるか,そのような体は $x+y\sqrt{2}$($x$,$y$ は任意の有理数)のような数の全部を含まなければならない.さもなければ体は成り立たないのである.しかるにこのような数 $x+y\sqrt{2}$ の全部を取れば,それだけですでに一つの体が成就することは明白である.$x+y\sqrt{2}$ のような数に四則を行なうとき,その結果は同様の数の範囲以外に出ないのである.$(x+y\sqrt{2})\pm(x^\prime+y^\prime\sqrt{2})$ または $(x+y\sqrt{2})\times(x^\prime+y^\prime\sqrt{2})$ または $\dfrac{x+y\sqrt{2}}{x^\prime+y^\prime\sqrt{2}}$ を $x^{\prime\prime}+y^{\prime\prime}\sqrt{2}$ とすれば,$x$,$y$,$x^\prime y^\prime$ が有理数であるとき,$x^{\prime\prime}$,$y^{\prime\prime}$ もやはり有理数でよいのである.
 一般に,一つの体(それを $R$ と名づける)が与えられていて,$\alpha$ はその体に含まれない数であるとき,$R$ に属する数と $\alpha$ とから四則によって作られる数の全部を一つの集団として考察すれば,それは一つの体である.そのような体を $R$ に $\alpha$ を添加するときに生ずる体という[記号:$R(\alpha)$].$R$ に添加する数が二つ以上であっても,同様である.
 たとえば,$R$ が実数の全部から成り立つ体ならば,$R(i)$ は複素数全部の体である.また $R$ が有理数の体ならば,それに $\sqrt{2}$ と $\sqrt{3}$ とを添加するときに生ずる $R(\sqrt{2},\ \sqrt{3})$ は $x+y\sqrt{2}+z\sqrt{3}+w\sqrt{6}$($x$,$y$,$z$,$w$ は任意の有理数)のような数の全部から成り立つ.

 $\boldsymbol{3.}$ 以上を前おきとして,方程式の冪根解法の経路を簡明に説明することができる.方程式\[f(x)=x^n+a_1x^{n-1}+\cdots+a_n=0\]の係数 $a_1$,$a_2$,$\cdots$,$a_n$ を含む体を $R$ とし,$r$ を $R$ に属して,しかも $R$ に属する数の $p$ 乗には等しくないとする.すなわち $\sqrt[\large p]{r}$ は $R$ に属さないとする.さて $R$ に $\sqrt[\large p]{r}$ を添加して得た体を $R_1$ とし,$r_1$ は $R_1$ に属し,しかも $\sqrt[\large q]{r_1}$ は $R_1$ に属さないとして,$\sqrt[\large q]{r_1}$ を $R_1$ に添加して体 $R_2$ を得るとする.このようにして次々に冪根の添加によって拡張された体を組成する数は,すなわち既知数 $a_1$,$a_2$,$\cdots$,$a_n$ から四則と開法とによって求められるものである.ゆえに方程式 $f(x)=0$ が冪根によって解き得るとは,その根が上のようにして得られる体に含まれることにほかならないのである.上の冪根の指数は任意の整数であるが,任意指数の冪根は素数を指数とする開冪法の反復によって得られるから,指数 $p$,$q$,$\cdots$ を素数に限ることにしてよい.
 一般的の方程式においては,係数したがってまた根の間に何等特別な関係がないものとするのである.すなわち係数または根を独立な変数として扱うのである.三次および四次方程式の解法においては,次々に添加した冪根は,それを方程式の根によって表わすときは,いつも根に関する有理式となるもののみであった.五次以上の方程式においても,もしも,それが冪根のみによって解き得るとすれば,冪根は根の有理式に等しいもののみを用いて,解が可能である.これは重要な論点であるが,いましばらくそれを承認することにするならば,五次以上の一般的方程式が冪根によって解き得られないことが容易に示されるのである.
 まず基礎の体 $R$ は係数 $a_1$,$a_2$,$\cdots$,$a_n$ の有理式から組み立てられたもので,それらはすなわち根の対称式である.この体 $R$ に添加すべき冪根 $\sqrt[\large p]{r}$ を根 $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ の函数としてそれを $\varphi(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ とすれば,上の仮定によって,$\varphi$ は有理函数ではあるが,対称式ではあり得ない,ただし $\varphi^p$(すなわち $r$)は $R$ に属するから,もちろん根の対称式でなければならない.このような有理式 $\varphi$ はいかなるものであるか.$\varphi(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ は対称式でないから,ある二つの根の互換たとえば $(1,\ 2)$ によって変わる.よって\[\varphi\ \!|\ \!(1,\ 2)=\varphi^\prime\neq\varphi\tag{$\ 1\ $}\]とかく.しかるに $\varphi^p$ は対称式であるから\[\varphi^{\prime\ p}=\varphi^p\ \!|\ \!(1,\ 2)=\varphi^p.\] ゆえに\[\varphi^\prime=\varepsilon\varphi\tag{$\ 2\ $}\]で,$\varepsilon$ は $1$ の $p$ 乗根であるが,$(\ 1\ )$ によって $\varepsilon\neq1$.
 $(\ 2\ )$ は $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ に関して恒等式である($x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ は独立変数であるから).ゆえに $(\ 2\ )$ の両辺において $x_1$,$x_2$ を互換しても,その結果は相等しい.すなわち $(\ 1\ )$ によって\[\varphi=\varepsilon\varphi^\prime,\]したがって\begin{alignat*}{1}&\varphi=\varepsilon^2\varphi,\\[2mm]&\varepsilon^2=1.\end{alignat*}ゆえに($\varepsilon\neq1$ を用いて)\[\varepsilon=-1.\]しかるに $\varepsilon^p=1$ で,$p$ は素数であるから,$p=2$.
 ゆえに最初に開くべき冪根は平方根で,その平方根は互換によって符号だけを変えるものすなわち交代式でなければならない.ゆえにその平方根を $R$ に添加して得られる体 $R_1$ を組成するものは $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ の函数としては $S_1+PS_2$ のような形の式の全部である.$S_1$,$S_2$ は任意の対称式で,$P$ は $\S\ 27$ の交代式である.これらはすなわち偶の置換群に対応する有理式である($\S\ 32$).
 さて次に $R_1$ に添加すべき冪根を $\sqrt[\large q]{r_1}$ として,それを $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ で表わして $\psi(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ とすれば,仮定によって $\psi$ は有理函数である.$\psi=\sqrt[\large8]{r_1}$ はもちろん $R_1$ には属さないから,$\psi$ は三つの変数の循環置換,たとえば $(1,\ 2,\ 3)$ によって変わる.さもなくば,$\psi$ は $R_1$ に属するであろう($\S\ 30$,問題 $3$).よって\[\psi\ \!|\ \!(1,\ 2,\ 3)=\psi^\prime\neq\psi\tag{$\ 3\ $}\]とおく.しかし $\psi^q$ は $R_1$ に属し,したがって偶置換 $(1,\ 2,\ 3)$ によって変わらないから\[\psi^q=\psi^{\prime\ q}.\]したがって\[\psi^\prime=\omega\psi,\hspace{1cm}\omega^q=1,\hspace{1cm}\omega\neq1.\]すなわち\[\psi(x_2,\ x_3,\ x_1,\ \cdots)=\omega\psi(x_1,\ x_2,\ x_3,\ \cdots)\] この恒等式の両辺において置換 $(1,\ 2,\ 3)$ を $2$ 回行なえば\begin{alignat*}{1}&\psi(x_3,\ x_1,\ x_2,\ \cdots)=\omega\psi(x_2,\ x_3,\ x_1,\ \cdots),\\[2mm]&\psi(x_1,\ x_2,\ x_3,\ \cdots)=\omega\psi(x_3,\ x_1,\ x_2,\ \cdots),\end{alignat*}したがって\[\psi(x_1,\ x_2,\ x_3,\ \cdots)=\omega^3\psi(x_1,\ x_2,\ x_3,\ \cdots).\]ゆえに\[\omega^3=1.\]$\omega\neq1$ であるから $\omega^q=1$ から,$q$ は $3$ の倍数,$q$ は素数であるから $q=3$.

 ゆえに第 $2$ 回に開くべき冪根は三乗根でなくてはならない.
 実際,二次方程式でも,三次方程式でも,第 $1$ 回に開くのは判別式の平方根で(定数因子は別として),その平方根はすなわち根の交代式である.二次方程式はそれで解けてしまうが,三次方程式では,第二回に三乗根を開いたのである.四次方程式の場合には,まず三次分解式を解いたのであるが,どのような三次分解式でも,その判別式は,定数因子を別にして考えれば,すなわち四次方程式の判別式であるから,やはり第一には判別式の平方根を開いて,第 $2$ 回に三乗根を開くのであった.

 しかるに五次以上の場合には,五つの根の循環置換は偶置換であるから,それを $\psi^3$ に適用しても $\psi^3$ は変わらない.ゆえにもしその際 $\psi$ が変わるとしても,$\psi$ には $1$ の三乗根 $\omega$ が乗じられるだけである.いまこの循環置換を $5$ 回適用すれば,前のように $\omega^5=1$ を得るから,$\omega=1$ でなければならない.すなわち $\psi$ は五つの根の任意の循環置換によって変えられないものである.
さて\[(1\ 3\ 2\ 4\ 5)\ \!(3\ 2\ 1\ 5\ 4)=(1\ 2\ 3)\]であるから,$\psi$ が $(1\ 3\ 2\ 4\ 5)$ によっても,$(3\ 2\ 1\ 5\ 4)$ によっても変わらないならば,$\psi$ は $(1\ 2\ 3)$ によっても変わらない.それは上の仮定 $(\ 3\ )$ に矛盾する.
 要するに,五つ以上の変数の場合には $\psi(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ 自身が交代式でなくて,しかも $\psi^q$ が交代式になるというようなことが不可能なのである.ただしここで交代式とは広い意味でいう.すなわち偶置換だけで変わらない有理式を指していう.
 このような $\psi$ がないとすれば,$f(x)=0$ が冪根だけで解けるときには,それはただ一つの平方根だけで解かれてしまって\[x_1=S_1+PS_2\]のようにならねばならない.これは $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ に関する恒等式であり得ないから,つまり五次以上の一般的方程式は冪根だけでは解き得られないのである.
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