代 数 学 講 義 改訂新版

$\blacktriangleleft$ $\S\ 41.$ 実根のみを有する三次方程式  $\S\ 43.$ 行列式の起源 $\blacktriangleright$

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第 $7$ 章 不 可 能 の 証 明


 $\S\ 42.$ 初等幾何学の不可能な作図問題

 $\boldsymbol{1.}$ 初等幾何学の作図問題では,定木とコンパスだけを用いることが許される.定木は既知の二点を通る直線を引くためにのみ用いられ,コンパスは既知の点を中心として既知の点を通る円を描くためにのみ用いられる.ただしそのようにして描かれた直線または円が交わるならば,その交点を見出すことは可能として黙許されるのである.
 このような制限のために,多くの作図問題が不可能になる.なかんずく有名なのは任意の角の三等分の問題である.任意の角の三分の一に等しい角は無論あるが,定木とコンパスとだけでそれを作図することが不可能であるというのである.あたかも任意の方程式に根はあっても,四則と開冪とだけで,その根を表わすことは,非常に特別な場合に限るようなものである.
 上の意味における作図問題は,つまり若干の点が与えられているとき,ある与えられた条件に適合するような点を,定木とコンパスとだけを用いて見出だそうということに帰する.いまそのような作図が可能であるとき,それを解析幾何学の言葉に翻訳すれば,どのようになるであろうか.
 直交軸に関して既知の点の座標を $(a_1,\ b_1)$,$(a_2,\ b_2)$,$\cdots$ などとし,既知数 $a_1$,$b_1$,$a_2$,$b_2$,$\cdots$ を含む有理区域を $R$ とする.既知の点を結ぶ直線,または既知の点を中心として既知の点を通る円は $R$ に属する数を係数とする一次または二次の方程式で表わされ,それらの交点の座標は $R$ に平方根を添加して得られる有理区域に属する数であることは見やすい.
 要点をいえば,$x^2+y^2+ax+by+c=0$,$x^2+y^2+a^\prime x+b^\prime y+c^\prime=0$ のような連立二元二次方程式が,高々平方根だけで解けるのである.
 ゆえに可能な作図問題は,解析的には平方根だけで解かれる方程式に帰するのである.
 たとえば立方を $2$ 倍する問題が不可能である.一つの立方の稜が与えられているとき,$2$ 倍の体積をもつ立方の稜を作図すること,すなわち与えられた稜を長さの単位とすれば,$x^3=2$ を解こうというのが問題であるが,$2$ は有理数の体において立方数でないから,この三次方程式は既約(定理 $7.\ 2$),したがって平方根だけでは解かれない(定理 $7.\ 3$).ゆえにこの作図問題は不可能である(誰かがこの作図問題を定木とコンパスとだけで解いたと仮定すれば,その作図を解析的に表わして $x^3=2$ を平方根だけで解くことができる筈である).
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 $\boldsymbol{2.}$ 同様の立場から角の三等分の問題を考察する.
 任意の角が与えられているとき,角 $\dfrac{\alpha}{3}$ の作図が可能ならば,$\cos\alpha$ から平方根ばかりによって $\cos\dfrac{\alpha}{3}$ が求められなければならない.いま\[x=2\cos\frac{\alpha}{3},\hspace{1cm}a=2\cos\alpha\]とおけば\[x^3-3x-a=0.\tag{$\ 1\ $}\] すなわちこの三次方程式が $a$ を含む有理区域において可約,したがって一次因数をもつことが必要である.
 $^{\large*}\ $幾何学の作図では,与えられた既知の量のほかに,任意の点を取り,また任意の長さを用いることがある.その場合には,それらの任意の変数を基本の有理区域 $R$($195$ 頁)の中に入れておくべきである.しかし,それらが任意であるから,元の $R$ の中から取られたものと見てもよいであろう. 通常の意味における作図問題では,与えられた任意の要素のいかんに関係のない一定の方法によって作図することが要求される.その場合には,任意の要素に対応する既知数を独立の変数と見なすべきである.たとえば任意の角の三等分の問題においては,$(\ 1\ )$ における $a$ を変数と見なすべきである.$\large*$ しからば角の三等分の不可能は,二つの変数 $x$,$a$ に関する多項式 $x^3-3x-a$ が分解不可能であるということに帰する(参照,$\S\ 25.$).
 この多項式が分解不可能であることは,その形を一見して明白である.この多項式は $a$ に関して一次であるから,分解が可能ならば,$x$ のみを含む因数がなければならない.したがって $(\ 1\ )$ は定数である根をもたねばならないが,それは不可能である.
 $\boldsymbol{3.}$ 角の三等分が一般的に不可能であっても,ある特定の角の三等分は別問題である.たとえば $45^\circ$ の角または $36^\circ$ の角の三等分は可能である.しかしその方法は与えられた角の性質に従って変わる.
 $15^\circ$ の角の作図は直角の六等分によってできる.$12^\circ$ の角は $72^\circ$(正五角形の中心角)と $60^\circ$ との角の差として作図される $\biggl(\dfrac{\pi}{15}=\dfrac{2\pi}{5}-\dfrac{\pi}{3}\biggr)\underset{\Large.}{}$
 円周の $2^n$ 等分,$3$ 等分,$5$ 等分,$17$ 等分,($p$ が $2^m+1$ なる形の素数であるとき,$p$ 等分)が可能であるから,\[\frac{k\pi}{\ 2^n\hspace{0.7mm}\cdotp5\hspace{0.7mm}\cdotp17\hspace{0.7mm}\cdotp\cdots p\cdots\ }\]のような角の三等分が可能である.$k$ は任意の整数で分母には $5$,$17$,または上の $p$ のような素数が各々一つだけは含まれていてよい.解法は $\dfrac{k}{\ 2^n\hspace{0.7mm}\cdotp3\hspace{0.7mm}\cdotp5\hspace{0.7mm}\cdotp17\hspace{0.7mm}\cdotp\cdots\ }$ の部分分数への分解によるのである.
 このような意味において $a$ がいかなる特定の数であるとき,有理区域 $R(a)$ において $x^3-3x-a$ が $x$ に関する一次因数をもつか(いかなる特定の角が与えられたとき,その三等分が可能であるか),という問題が生ずる.この問題をここで取り扱うことは困難である.
 〔問題 $\boldsymbol{1}$〕 $a$ が有理数であるとき,$(\ 1\ )$ が有理係数をもつ因子に分解されるためには,$a$ を既約分数の形に表わすとき,分母が立方数であることが必要である.
 〔解〕 分解が可能ならば $(\ 1\ )$ は一つの有理根をもつ.それを $\dfrac{p}{q}$ とし $p$,$q$ は互いに素であるとすれば,$a=\dfrac{\ p(p^2-3q^2)\ }{q^3}$.この分数は既約である.
 〔問題 $\boldsymbol{2}$〕 ある有理区域において既約な方程式 $f(x)=0$ が平方根だけで解かれるならば,次数は $2$ の冪である.
 〔解〕 有理区域 $R$ では $f(x)$ はまだ既約で,$R(\sqrt{r})$ において分解ができるとする.その因数における係数は $a+b\sqrt{r}$ のような形の数($a$,$b$ は $R$ に属する)であるから,\[f(x)=\{\varphi(x)+\sqrt{r}\psi(x)\}\{g(x)+\sqrt{r}h(x)\}\tag{$\ 2\ $}\]のような等式が成り立つ.ここで $\varphi$,$\psi$,$g$,$h$ は $R$ に属する係数をもつものであるが,$f(x)$ が $R$ において既約であるから,$\varphi$ と $\psi$ とも,また $g$ と $h$ とも,互いに素である.さて $(\ 2\ )$ から\[f(x)=\varphi(x)g(x)+r\psi(x)h(x)+\sqrt{r}\{\varphi(x)h(x)+\psi(x)g(x)\}.\] 両辺の係数を比較すれば\[\varphi(x)h(x)+\psi(x)g(x)=0\]を得る.しかるに $\varphi$ と $\psi$ とが互いに素であるから,$g(x)=C\hspace{0.7mm}\cdotp\varphi(x)$.したがって $h(x)=-C\psi(x)$.$g$,$h$ も互いに素であるから,$C$ は $R$ に属する定数である.ゆえに $(\ 2\ )$ は次のようになる:\[f(x)=C\{\varphi(x)+\sqrt{r}\psi(x)\}\{\varphi(x)-\sqrt{r}\psi(x)\}.\tag{$\ 3\ $}\] すなわち $f(x)$ は同次の二つの因数の積に分解される.さて $f(x)$ は平方根だけで解けるから,有理区域を段々に拡張して行くときに,ついに一次因数に分解されてしまうのであるが,分解ができるごとに,次数が半減されて行くのであるから,$f(x)$ の次数は $2$ の冪でなければならない.
 〔注意〕 $(\ 3\ )$ の右辺の各因数は $R(\sqrt{r})$ において既約である.上の証明で,$\varphi+\sqrt{r}\psi$ を $f(x)$ の任意の因数として,その次数が $f(x)$ の次数の半分に等しいことが出て来たのであるから,$R(\sqrt{r})$ における $f(x)$ の分解は定数因子を別にしていえば,$(\ 3\ )$ のほかにはない.

 〔問題 $\boldsymbol{3}$〕 四次方程式が平方根だけで解かれるために必要かつ十分な条件は三次分解方程式が一つの有理根をもつことである.有理根とは四次方程式の係数の有理式として表わし得る根を意味する.
 〔解〕 三次分解方程式に有理根があれば,四次方程式が平方根だけで解けることは,四次方程式の解法からわかる.逆に四次方程式が平方根だけで解けるならば,三次分解方程式の根($x_1x_2+x_3x_4$ など)は平方根だけで表わされる.ゆえに三次分解方程式は初めから可約であって,少なくとも一つの有理根をもつ(定理 $7.\ 3$).
 〔問題 $\boldsymbol{4}$〕 任意の角の $n$ 等分が作図問題として可能であるのは,$n$ が $2$ の冪であるときに限る.
 〔解〕 $a=\cos\alpha$,$x=\cos\dfrac{\alpha}{n}$ とすれば $f(x)=a$.ただし $f(x)=C_0x^n+\cdots+C_n$ は有理係数をもつ $n$ 次の多項式である.ゆえに $a$ を変数とすれば,$f(x)-a$ は分解不可能である.それが平方根だけで解けるならば,$n=2^m$(問題 $2$).
 〔問題 $\boldsymbol{5}$〕 $p\neq2$ を素数とすれば,正 $p$ 角形の作図が可能であるのは,$p=2^m+1$ であるときに限る.
 〔解〕 $1$ の $p$ 乗根 $\omega=\cos\dfrac{2\pi}{p}+i\sin\dfrac{2\pi}{p}$ は $p-1$ 次の方程式\[x^{p-1}+x^{p-1}+\cdots+1=0\tag{$\ 4\ $}\] $^{\large**}\ $方程式 $(\ 4\ )$ が既約であることは,$x$ に $y+1$ を代入して,$\S\ 24$,問題 $1$ を適用すればわかる.の根である.正 $p$ 角形の作図が可能ならば,$\cos\dfrac{2\pi}{p}$ が有理数から出発して平方根ばかりによって表わされなければならない.したがって $(\ 4\ )$ が平方根で解けねばならない $(\ 4\ )$ は有理数の体において既約であるから,$\large**$ 作図が可能であるのは $p-1=2^m$ のときに限る.
 $p=2^m+1$ のときには,実際作図は可能である(しかし,それがここで証明されたのではない).
 〔注意〕 $2^m+1$ が素数であるのは,$m$ が $2$ の冪であるときに限る($m$ が奇数 $h$ で割り切れるならば,$m=hk$ とおくとき,$2^m+1=2^{hk}+1=(2^k+1)(2^{k(h-1)}-2^{k(h-2)}+\cdots+1)$ は $2^k+1$ で割り切れる).ゆえに $2^m+1$ の形の素数は $m=2^n$ なるものの中から求められるべきものである.現今知られているのは,次の五つである.\[\begin{array}{c|lllll}\hphantom{1}n&0&1&2&3&4\\\hline\hphantom{1}p&3\hphantom{1}&5\hphantom{1}&17\hphantom{1}&257\hphantom{1}&65537\hphantom{1}\end{array}\]$n=5$ のときは,$2^{32}+1$ は素数でなく,$641\times6700417$ に等しい.
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