代 数 学 講 義 改訂新版

$\blacktriangleleft$ $\S\ 52.$ Laplace の定理  $\S\ 54.$ 行列式の掛け算 $\blacktriangleright$

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第 $8$ 章 行  列  式


 $\S\ 53.$ 行 列 の 結 合

 $\boldsymbol{1.}$ 行列式の掛け算の起源は一次変形の結合にある.
 $n$ 個の変数 $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ が $y_1$,$y_2$,$\cdots$,$y_n$ の一次形式として次のように表わされるとする.\[\begin{alignat*}{1}&x_1=a_{11}y_1+a_{12}y_2+\cdots+a_{1n}y_n,\\[2mm]&x_2=a_{21}y_1+a_{22}y_2+\cdots+a_{2n}y_n,\\[2mm]&\ \cdotp\hspace{15mm}\cdotp\hspace{15mm}\cdotp\hphantom{M}\cdotp\hphantom{M}\cdotp\hphantom{M}\cdotp\hphantom{M}\cdotp\\[2mm]&x_n=a_{n1}y_1+a_{n2}y_2+\cdots+a_{nn}y_n.\end{alignat*}\tag{$\ 1\ $}\] しからば $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ の任意の函数 $F$ において,上の $y_1$,$y_2$,$\cdots$,$y_n$ の一次式を $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ に代入するとき,$F$ は $y_1$,$y_2$,$\cdots$,$y_n$ の函数として表わされるであろう.$x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ を旧変数,$y_1$,$y_2$,$\cdots$,$y_n$ を新変数と見なして,このような変形を一次変形という.
 一次変形は最も簡単な,したがって最も有用な変形として数学の各部門において常に遭遇するから,はなはだ大切である.
 上の一次変形を略して次のように見やすくしるす.\[(x)=A(y).\] $(x)$,$(y)$ はそれぞれ $n$ 個の変数 $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ および $y_1$,$y_2$,$\cdots$,$y_n$ を代表し,$A$ は $(\ 1\ )$ の右辺における係数の行列を表わすのである.すなわち\[A=\begin{pmatrix}\ a_{11}&a_{12}&\cdotp&a_{1n}\ \\[1mm]\ a_{21}&a_{22}&\cdotp&a_{2n}\ \\[1mm]\ \cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\ \\[1mm]\ a_{n1}&a_{n2}&\cdotp&a_{nn}\ \end{pmatrix}\] いま $n$ 個の変数 $(y)$ が第二の一次変形によって $n$ 個の変数 $(z)$ に換えられるとする.すなわち\[\begin{alignat*}{1}&y_1=b_{11}z_1+b_{12}z_2+\cdots+b_{1n}z_n,\\[2mm]&y_2=b_{21}z_1+b_{22}z_2+\cdots+b_{2n}z_n,\\[2mm]&\ \cdotp\hspace{1.15em}\cdotp\hspace{1.15em}\cdotp\hspace{1.15em}\cdotp\hspace{1.15em}\cdotp\hspace{1.15em}\cdotp\hspace{1.15em}\cdotp\hspace{1.15em}\cdotp\hspace{1.15em}\cdotp\\[2mm]&y_n=b_{n1}z_1+b_{n2}z_2+\cdots+b_{nn}z_n.\end{alignat*}\tag{$\ 2\ $}\] あるいは略して\begin{alignat*}{1}&\ \!(y)=B(z)\\[2mm]&B=\hspace{-0.5em}\pmb{〔}b_{pq}\pmb{〕}\hspace{-0.4em},\hphantom{m}(p,\ q=1,\ 2,\ \cdots,\ n).\\\end{alignat*} $(\ 2\ )$ から $(\ 1\ )$ の $(\ y\ )$ に代入すれば,変数 $(\ x\ )$ は変数 $(\ z\ )$ の一次式として表わされ,$(\ x\ )$ と $(\ z\ )$ との間の一次変形が生ずる.その一次変形を\[x_p=c_{p1}z_1+c_{p2}z_2+\cdots+c_{pn}z_n\tag{$\ 3\ $}\]\[(p=1,\ 2,\ \cdots,\ n)\]で表わす.あるいは略して\[(x)=C(z)\]とおく.
 このようにして生ずる一次変形 $(\ 3\ )$ を一次変形 $(\ 1\ )$ に一次変形 $(\ 2\ )$ を結合したものという.あるいは一次変形の係数のみに着眼して,行列 $A$ に行列 $B$ を結合して行列 $C$ を得るという.式では\[A\hspace{0.7mm}\cdotp B=C\]と書く.さて $C$ の組成分子 $c_{11}$,$\cdots$,$c_{nn}$ を計算せねばならない.$c_{pq}$ を出せばよいのであるが,$c_{pq}$ は $x_p$ を $(\ z\ )$ の一次式として表わすときの $z_q$ の係数であるから,上の代入を実行して\[c_{pq}=\overset{n}{\underset{s=1}{\textstyle\sum}}a_{ps}b_{sq}\hspace{1cm}(p,\ q=1,\ 2,\ \cdots,\ n).\]すなわち $c_{pq}$ は行列 $A$ の第 $\boldsymbol{p}$ 行の組成分子 $a_{p1}$,$a_{p2}$,$\cdots$,$a_{pn}$ と行列 $B$ の第 $\boldsymbol{q}$ 列の組成分子 $b_{1q}$,$b_{2q}$,$\cdots$,$b_{nq}$ とを番号順に掛け合わせた積の和である.
 このように,$c_{pq}$ は第一の行列 $A$ からは行の分子を取り,第二の行列 $B$ からは列の分子を取って,上の操作によって作り出されるものであるから,行列 $A$,$B$ の結合においては,それらの行列の順序が大切である.すなわち $A\hspace{0.7mm}\cdotp B$ と $B\hspace{0.7mm}\cdotp A$ とは同一の行列にはならない.それは一次変形の結合の意味から考えて当然である.要約すれば,行列の結合は一般には交換法則に従わない.
 $\boldsymbol{2.}$ 行列の結合またはさかのぼって一次変形の結合は,上よりも広く考えることが出来る.
 上記では三組の変数 $(x)$,$(y)$,$(z)$,を各々 $n$ 個ずつとしたのであったがいまその制限を撤回して,$l$ 個の変数 $(x)$ が $m$ 個の変数 $(y)$ の一次式として与えられ,それらの $m$ 個の変数 $(y)$ が $n$ 個の変数 $(z)$ の一次式として与えられたとしても,上と同様の代入を行なえば,$l$ 個の変数 $(x)$ が結局 $n$ 個の変数 $(z)$ の一次式として表わされることに変りはない.この場合にも\begin{alignat*}{1}(x)=A(y),\hspace{1cm}A=\hspace{-0.5em}\pmb{〔}a_{\lambda,\ \mu}\pmb{〕}\hspace{-0.4em},\hspace{1cm}(\lambda=1,\ 2,\ \cdots,\ l;\ \mu=1,\ 2,\ \cdots,\ m)\\[2mm](y)=B(z),\hspace{1cm}B=\hspace{-0.5em}\pmb{〔}b_{\mu,\ \nu}\pmb{〕}\hspace{-0.4em},\hspace{1cm}(\mu=1,\ 2,\ \cdots,\ m;\ \nu=1,\ 2,\ \cdots,\ n)\end{alignat*}として,代入の結果を\[(x)=C(z),\hspace{1cm}C=\hspace{-0.5em}\pmb{〔}c_{\lambda,\ \nu}\pmb{〕}\hspace{-0.4em}.\hspace{1cm}(\lambda=1,\ 2,\ \cdots,\ l;\ \nu=1,\ 2,\ \cdots,\ n)\]とすれば\[c_{\lambda\nu}=\overset{m}{\underset{s=1}{\textstyle\sum}}a_{\lambda s}b_{s\nu}.\] このような場合にも,行列 $C$ を行列 $A$,$B$ の結合という.
 このときには,$A$ の形は $(l\times m)$ すなわち行数 $l$,列数 $m$ で,$B$ は $(m\times n)$ すなわち行数 $m$,列数 $n$ である.すなわち $A$ の列数は $B$ の行数に等しい.さもなければ,結合は不可能である.
 〔注意〕 一次変形 $(x)=A(y)$ において旧変数 $(x)$ と新変数 $(y)$ とが同数であるのが,一般的である.かつ変数 $(x)$ も $(y)$ も独立変数であることが要求される場合(それが一般的である)には,行列式 $|a_{pq}|\neq0$ なることを条件とする.これが一次変形の正則の場合である.$|a_{pq}|=0$ ならば,$x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ の間に一次の関係式が生ずる,すなわち $(\ 1\ )$ の右辺の一次式が互いに独立でない.
 けれども,行列式が $0$ になる場合をも,変則の場合として一次変形の中へ入れておくのである.$A$ において行数 $m$ が列数 $n$ よりも多いとき,すなわち変数 $(x)$ の数が変数 $(y)$ の数よりも多いときは,$(y)$ の数を増して $m$ にして,それらは $(\ 1\ )$ において係数 $0$ をもつものとし,また $m\lt n$ なるときは,$(x)$ の数を増して,それらに代入すべき $y$ の一次式において,すべての係数を $0$ と見れば,すなわち行列 $A$ に $0$ のみの列または行を添えて正方形にすれば,上の変則の場合になる.
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