補 遺
$2.$ 単 因 子
ここでは有理整数を組成分子とする行列のみを考察する.このような行列 $P$ の逆行列 $P^{-1}$ が同じ性質をもつためには,行列式 $|\ \!P\ \!|=\pm1$ であることが必要かつ十分である.そこで\[B=PAQ,\hspace{1cm}|\ \!P\ \!|=\pm1,\hspace{1cm}|\ \!Q\ \!|=\pm1\]であるとき,$A$ は $B$ と対等であるという.対等の関係は次の三つの条件に適する.$1^\circ$ | 反射的.$A$ はそれ自身と対等である($P$,$Q$ が単位行列). |
$2^\circ$ | 対称的.$A$ が $B$ と対等ならば,$B$ は $A$ と対等である($B=PAQ$ ならば,$A=P^{-1}BQ^{-1}$). |
$3^\circ$ | 推移的.$A$ が $B$ と対等,$B$ が $C$ と対等ならば,$A$ は $C$ と対等である($PAQ=B$,$RBS=C$ ならば $(RP)A(QS)=C$). |
次に掲げる変形を基本変形という.
$(\ 1\ )$ 行列 $A$ の一つの行または一つの列に $-1$ を掛けること.
これは単位行列の対角線上で $i$ 番目を $-1$ に変えた行列を $A$ の左または右から掛けることにほかならない.
$(\ 2\ )$ 行列 $A$ の第 $j$ 行〔または列〕に整数 $c$ を掛けて第 $i$ 行〔または列〕に加える.
これは単位行列の $(ij)$ の位置の $0$ を $c$ に変えた行列を左または右から $A$ に掛けることにほかならない.
$(\ 3\ )$ 行列 $A$ の第 $i$ 行と第 $j$ 行〔または列〕を入れかえること.
これは単位行列に同じ入れかえをした行列を $A$ の左または右から掛けることにほかならない.
行列 $A$ に上の基本変形をいくたびか行なうとき,常に $A$ と対等な行列が得られる.このようにして $A$ を次のような標準形に変形することができる.その標準形は
$A_0=\begin{pmatrix}\ e_1\hphantom{H_2H_s\ddots}\\\hphantom{H_1}e_2\hphantom{H_s\ddots}\\[-3mm]\hphantom{H_1H_2}\style{transform:scale(1,1.4)}\ddots\hphantom{H_s}\\\hphantom{H_1H_2\ddots}e_r\ \end{pmatrix}\hphantom{1}$ | ここで $e_i$ は $e_{i-1}$ で割り切れる.$r$ は $A$ の位で,空所はすべて $0$. |
| になって,$A_2$ の所の組成分子はすべて $e_1$ で割れる. この行列の第 $2$ 行,第 $2$ 列以下に基本変形を行なって,この行列を | ||||||||||||||||||
| の形にすることができるが,ここでは $A_3$ のところの組成分子はすべて $e_2$ で割れるが,その $e_2$ は $e_1$ で割れるはずである. |
さて基本変形によって,行列 $A$ の位 $r$ はもちろん変わらないが,$A$ の $s$ 次($s=1$,$2$,$\cdots$,$r$)の小行列式の最大公約数 $d_s$(それを $A$ の $s$ 次の行列式因子という)も変わらないことは見やすい.ゆえに $d_s$ は $A$ の代わりに標準形 $A_0$ から求められる.すなわち $d_s=e_1e_2\cdots e_s$ である.したがって $e_s=d_s/d_{s-1}$.これが標準形の組成分子 $e_s$ の意味である.$e_1$,$e_2$,$\cdots$,$e_r$ を行列 $A$ の単因子(elementary divisor)という.
〔注意〕 $A$ が $n$ 次の正方形行列で $|\ \!A\ \!|=\pm1$ ならば,$A$ に関して $r=n$,$e_1=\cdots=e_n=1$ だから,$A$ の標準形は単位行列である.ゆえに $|\ \!P\ \!|=\pm1$ である行列は基本変形の行列から結合によって作られる.
有理整数の代わりに一つの変数 $x$ の多項式を組成分子とする行列 $A$ に同様の考察が適用される.その場合には変形に用いる行列 $P$,$Q$ は $x$ の多項式を組成分子として,しかも行列式 $|\ \!P\ \!|$,$|\ \!Q\ \!|$ は $0$ と異なる定数というものである.また基本変形 $(\ 1\ )$ において乗数 $-1$ の所は $0$ と異なる任意の定数とするのである.そうして証明の中で組成分子の絶対値を小さくする所は,組成分子である多項式の次数を低くすることにすればよい.