代 数 学 講 義 改訂新版

$\blacktriangleleft$ $\S\ 21.$ Newton の方法  $\S\ 23.$ 多項式の最大公約数$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$Euclid の法式 $\blacktriangleright$

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第 $4$ 章 多 項 式 の 整 除


 $\S\ 22.$ 恒等なる多項式

 $\boldsymbol{1.}$ 多項式の四則の演算法は周知であるから,再説の必要を認めないが,本章では四則の理論に関して二,三の要点だけを述べる.
 代数学の基本定理 $2.\ 4$ によれば,$n$ 次の多項式は $n$ 個の一次因数に分解され,しかもその分解は一意的である.ゆえに $n$ 次の多項式 $f(z)$ が $n$ よりも多くの $z$ の相異なる値に対して $0$ になることはない.
 もっとも,これだけのことならば,基本定理によらなくても,容易に証明することができる($\S\ 7.\ 4$).

 これによって次の重要な定理が得られる.
 〔定理 $\boldsymbol{4.\ 1}$〕 二つの多項式 $\boldsymbol{f}(\boldsymbol{x})$$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$$\boldsymbol{g}(\boldsymbol{x})$ が $\boldsymbol{x}$ の任意の値に対して相等しい値を取るならば$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$それらの多項式は形式上合致する.
 なお精密にいえば,$n$ 次以下の多項式 $f(x)$,$g(x)$ が $n$ よりも多くの相異なる $x$ の値に対して相等しい値を取るならば,$f(x)$ と $g(x)$ とは形式上合致する.
 形式上合致するというのは,$f(x)$ と $g(x)$ との次数はもとより相等しく,かつ $x$ の各冪の係数が,それぞれ相等しいのをいうのである.
 〔〕 もし仮りに $f(x)$ と $g(x)$ とが形式上合致しないとすれば,$F(x)=f(x)-g(x)$ とおけ.しからば $F(x)$ は $n$ 次以下の多項式で,しかも仮定によって $n$ よりも多くの $x$ の相異なる値に対して $F(x)$ が $0$ になる.これは矛盾である.
 これは定理 $4.\ 1$ にいうような二つの多項式を恒等という.それは $x$ のいかなる値に対しても多項式の値が常に相等しいことを意味するのであるが,実際応用上においては,それらが形式上合致することが利用される.形式が合致すれば,もちろん恒等であるが,その逆,すなわち恒等は形式上合致の場合に限ることが,定理 $4.\ 1$ によって確定した.
 $\boldsymbol{2.}$ 次に多項式の四則に関する一,二の重要な定理を述べる.
 〔定理 $\boldsymbol{4.\ 2}$〕 $m$ 次と $n$ 次との多項式の積は $m+n$ 次の多項式である.
 〔$\begin{alignat*}{3}f(x)&=a_0x^m&&+a_1x^{m-1}&&+\cdots+a_m,\hphantom{m}a_0\neq0\\[2mm]g(x)&=b_0x^n&&+b_1x^{n-1}&&+\cdots+b_n,\hphantom{nm}b_0\neq0\end{alignat*}$   
とするとき,分配法則によって計算すれば,積として\[f(x)g(x)=a_0b_0x^{m+n}+(a_0b_1+a_1b_0)x^{n+m-1}+\cdots+a_mb_n\]を得る.仮定によって $a_0b_0\neq0$ であるから,この積は $m+n$ 次の多項式である.
 〔注意〕 定数をも特別の場合として多項式の中に入れる.それは $0$ 次の多項式である.ただし定数 $0$ は多項式の中には入れるが,それを $0$ 次の多項式とは見なさないで,$0$ は次数をもたないものとして特別扱いをする方が,都合がよい.$f(x)=a_0x^n+a_1x^{n-1}+\cdots$ が $n$ 次であるというときには,$a_0\neq0$ とするのと同じように,$f(x)=a_0$ を $0$ 次の多項式というときにも,$a_0\neq0$ とするのである.このような規約のもとにおいてのみ定理 $4.\ 2$ が例外なく成り立つのである(上の $a_0b_0\neq0$ のところが大切).
 定理 $4.\ 2$ は因子が二つよりも多い場合にも成り立つ.すなわち一般に多項式の積の次数は因子である多項式の次数の和に等しい.ゆえにまた次の定理が成り立つ.
 多項式の積が(恒等的に)$0$ に等しいときは,因子のうち少なくとも一つの多項式は(恒等的に)$0$ に等しい.
 次はこれの応用である.
 多項式 $A$,$B$,$C$ の間に恒等式 $AB=AC$ が成り立って,$A$ が恒等的に $0$ に等しくないならば,恒等式 $B=C$ が成り立つ.すなわち恒等式の両辺から恒等的に $0$ に等しくない共通因子を取り去ってもよい.
 変数 $x$ の特別な値に対しては $A=0$ になる.その値に対して,$AB=AC$ から,ただちに $B=C$ は得られない.しかし,このような変数 $x$ の特別な値の数は多くとも $A$ の次数だけで,それらを除けば,$B=C$ である.ゆえに $B=C$ は変数 $x$ の無限に多くの(上の特別の値以外の)値に対して成り立つ.したがって定理 $4.\ 1$ によって,$B=C$ が恒等的に(したがって上の特別の値に対しても)成り立つのである.
 $\boldsymbol{3.}$ 多項式四則に関する基本定理としてあげるべきものは,一つの変数の多項式の割り算に関する次の定理である.文字はすべてその変数の多項式を表わす.
 〔定理 $\boldsymbol{4.\ 3}$〕 $A$,$B$ は $x$ の多項式で,$B$ は $n$ 次であるとする.
 そのとき\[A=BQ+R\]で,かつ $R$ が $n$ よりも低次であるような多項式 $Q$,$R$ が必ず,しかもただ一組に限って存在する.

 〔〕 $Q$,$R$ を求めるのは,いわゆる多項式の割り算で,周知の計算である.問題の要点は,$R$ の次数に関する付帯条件のもとにおいて,$Q$,$R$ がただ一組に限るというところにある.その証明は定理 $4.\ 2$ による.
 いま上の付帯条件のもとにおいて\[A=BQ+R,\hspace{15mm}A=BQ^\prime+R^\prime\]とすれば\[B(Q-Q^\prime)=R^\prime-R.\] 仮定によって $R^\prime-R$ は $n$ 次以上の多項式であり得ない,しかるに $B$ は $n$ 次である.ゆえに $Q-Q^\prime=0$ (さもなければ,$B(Q-Q^\prime)$ したがって $R^\prime-R$ は $n$ 次以上である).$Q-Q^\prime=0$ ならば,$R^\prime-R=0$.すなわち $Q=Q^\prime$,$R=R^\prime$.
 〔問題 $\boldsymbol{1}$〕 二つ以上の変数の多項式においても,恒等は形式上合致の場合に限る.なお精密にいえば,$x$ に関しては $m$ 次以下,$y$ に関しては $n$ 次以下である二つの多項式 $f(x,\ y)$,$g(x,\ y)$ が $x$ に $m+1$ の相異なる値 $x_0$,$x_1$,$\cdots$,$x_m$ また $y$ に $n+1$ の相異なる値 $y_0$,$y_1$,$\cdots$,$y_n$ をすべての $(m+1)(n+1)$ の組合せにおいて与えるときに,相等しい値を取るならば,$f$ と $g$ とは形式上合致する.三つ以上の変数の場合も同様である.
 〔解〕 定理 $4.\ 1$ のように $f-g=F$ を考察すれば,$F$ が上の値に対して $0$ になるとき,$F$ が形式上 $0$ になる(各項の係数が $0$ になる)ことを示せばよい.$F$ を $x$ の降冪に排列して\[F(x,\ y)=\varPhi_0(y)x^m+\varPhi_1(y)x^{m-1}+\cdots+\varPhi_m(y)\]としるせば,$\varPhi_0(y)$,$\varPhi_1(y)$,$\cdots$,$\varPhi_m(y)$ は $y$ のみに関する $n$ 次以下の多項式である.
 さて $y=y_0$ とすれば $F(x,\ y_0)$ は $x$ のみの多項式になるが,仮定によって $x$ に $x_0$,$x_1$,$\cdots$,$x_m$ を代入するとき $0$ になるから,定理 $4.\ 1$ によって $F(x,\ y_0)$ の係数 $\varPhi_0(y_0)$,$\varPhi_1(y_0)$,$\cdots$,$\varPhi_m(y_0)$ はみな $0$ に等しい.$y$ に $y_1$,$y_2$,$\cdots$,$y_n$ を代入しても同様であるから,$\varPhi_k(y)$ は定理 $4.\ 1$ によって形式上 $0$ に等しい.ゆえに $F(x,\ y)$ を $x$ および $y$ の冪に整頓すれば,各項が消滅する.任意数の変数の場合は,数学的帰納法による.
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