代 数 学 講 義 改訂新版

$\blacktriangleleft$ $\S\ 31.$ 交代式  $\S\ 33.$ 三次方程式の解法$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$Cardano の公式 $\blacktriangleright$

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第 $5$ 章 対 称 式$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$置 換


 $\S\ 32.$ 多項式と置換群

 $\boldsymbol{1.}$ 多項式 $f(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ から変数の置換 $S$ によって生ずる多項式を $Sf$ または $f|S$ としるす.$f|S$ において,更に置換 $S^\prime$ を行なうのは,つまり $f$ に $S$ と $S^\prime$ とを結合した置換 $SS^\prime$ を行なうのと,効果においては同一である.すなわち$\large*$ $^{\large*}\ $記号 $Sf$ を使えば $f|SS^\prime$ のところが $S^\prime(SF)$ になり,括弧を略して $S^\prime Sf$ とおけば $S$ と $S^\prime$ との順序が逆になって,都合が悪い.\[(f|S)|S^\prime=f|SS^\prime.\] いま $f$ は置換 $S$ によっても,また $S^\prime$ によっても変わらないならば,\[f|S=f.\]
したがって$f|SS^\prime=f|S^\prime=f.$     
すなわち $f$ は置換 $SS^\prime$ によっても変わらない.すなわち $f$ を変えない置換を結合すれば,やはり $f$ を変えない置換が生ずる.ゆえに $f$ を変えない置換の全部を漏れなくあげて,それらを\[S,\hphantom{1}S^\prime,\hphantom{1}S^{\prime\prime},\hphantom{1}\cdots\tag{$\ 1\ $}\]とし(この中には恒等置換があり,また各置換の逆の置換,各置換の冪がある),これらの置換を一組として見れば,この組の中にある置換から結合によって生ずる置換は必ずこの組の中に含まれている.このような一組の置換はを成すという.
 たとえば,$f$ が交代式ならば,$f$ を変えない置換は偶の置換で,偶の置換の全部は一つの群を成す.これを交代群という.
 いま,多項式 $f$ は置換 $T$ によって $f_1$ に変わるとする:\[f|T=f_1,\hspace{1cm}f\neq f_1.\]しからば,$(\ 1\ )$ の各置換の右に $T$ をつけて作られる結合置換\[ST,\hphantom{1}S^\prime T,\hphantom{1}S^{\prime\prime}T,\hphantom{1}\cdots\tag{$\ 2\ $}\]は $f$ を $f_1$ に変える置換の全体である.実際,$f|ST=(f|S)T=f|T=f_1$ であるが,逆に,$f|Q=f_1$ とするならば,\[f|QT^{-1}=f_1|T^{-1}=f\]だから,$QT^{-1}$ は $f$ を変えない置換である.ゆえに $QT^{-1}=S^{(v)}$,したがって $QT^{-1}T=S^{(v)}T$ すなわち $Q=S^{(v)}T$ である.ゆえに $(\ 2\ )$ が $f$ を $f_1$ に変える置換の全部である.
 このようにして,$f$ から変数の置換によって生ずる相異なる多項式が($f$ をも入れて)$i$ 個あるとして,それらを\[f,\hphantom{1}f_1,\ \cdots,\ f_{i-1}\]とすれば,それに応じて,$n!$ の置換が $(\ 1\ )$,$(\ 2\ )$ のような同数の $i$ 組に分かれる.そのうち一組は $f$ を変えない置換の群で,それに属する置換の数(それを群の位数という)を $g$ とすれば\[n!=gi\]なる関係がある.よって次の定理を得る.
 〔定理 $\boldsymbol{5.\ 5}$〕 $n$ 個の変数の多項式から,変数の置換によって生ずる相異なる多項式の数 $i$ は(原の多項式をも入れて)$n!$ の約数である.この多項式を変えない置換は群を成し,その置換の数(群の位数)は $n!/i$ に等しい.
 〔問題 $\boldsymbol{1}$〕 上の場合,一般に $f|T_p=f_p$,($p=1$,$2$,$\cdots$,$i-1$)とすれば,$f_p$ を $f_q$ に変える置換の全体は\[T_p^{-1}ST_q,\hphantom{T}T_p^{-1}S^\prime T_q\cdots,\]の $g$ 個である.特に $f_p$ を変えない置換は $T_p^{-1}ST_p$ などの $g$ 個である.
 〔解〕 $f_p|T_p^{-1}S^{(v)}T_q=f|S^{(v)}T_q=f|T_q=f_q$.
 逆に $f_p|Q=f_q$ ならば,$f|T_pQ=f_q$,$f|T_pQT_q^{-1}=f$.ゆえに $T_pQT_q^{-1}=S^{(v)}$ したがって $Q=T_p^{-1}S^{(v)}T_q$.

 $\boldsymbol{2.}$ 多項式 $f$ から置換によって生ずる多項式はもちろん同じ変数の多項式であるが,いまそれらの多項式\[f,\hphantom{1}f_1,\hphantom{1}f_2,\ \cdots,\hphantom{1}f_{i-1}\]に任意の置換 $P$ を行なうならば,\[f|P,\hphantom{1}f_1|P,\ \cdots,\hphantom{1}f_{i-1}|P\]はつまり $f$ から置換によって生じた $i$ 個の相異なる多項式であるから,($f_1|P=f|T_1P_1$ など),全体としては $f$,$f_1$,$f_2$,$\cdots$,$f_{i-1}$ と同一で,ただ順序において違い得るのみである.
 ゆえに $f+f_1+\cdots+f_{i-1}$ は変数の任意の置換 $P$ によって変わらない,すなわち対称式である.$f$,$f_1$,$\cdots$,$f_{i-1}$ の積または一般に任意の対称式に関しても同様である.
 〔定理 $\boldsymbol{5.\ 6}$〕 変数 $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ の有理式から変数の置換によって生ずる相異なる有理式の対称式は変数 $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ に関して対称式である.
 $\boldsymbol{3.}$ 群の理論に深入りするつもりはないが,いま一つの定理をつけ加える.次の章で三次および四次の方程式の解法をわかりやすくするためである.
 〔定理 $\boldsymbol{5.\ 7}$〕 有理式 $f(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ を変えない置換によって,他の有理式 $\varphi(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ が変わらないならば,\[\varphi=\frac{a_0+a_1f+a_2f^2+\cdots}{a_0{}^\prime+a_1{}^\prime f+a_2{}^\prime f^2+\cdots}\]のような恒等式が成り立つ.右辺において分母も分子も $f$ に関する多項式で,$a$ という文字で表わされている係数は $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ の対称式である.
 〔〕 前と同じ記号を用いて\[f|T_1=f_1,\ \cdots,\ f|T_{i-1}=f_{i-1},\]
また$\varphi|T_1=\varphi_1,\ \cdots,\ \varphi|T_{i-1}=\varphi_{i-1}$
とする.\[F(X)=(X-f)(X-f_1)\cdots(X-f_{i-1})\]とおいて,右辺を展開すれば,\[F(X)=X^i+S_1X^{i-1}+S_2X^{i-2}+\cdots+S_i.\]$S_1$,$S_2$,$\cdots$,$S_i$ は変数 $x$ の対称式である(定理 $5.\ 6$).いま\[F(X)\left\{\frac{\varphi}{X-f}+\frac{\varphi_1}{X-f_1}+\cdots+\frac{\varphi_{i-1}}{X-f_{i-1}}\right\}=G(X)\tag{$\ 1\ $}\]とおけば,$G$ は $X$ に関する多項式である.左辺の括弧の中の各項において,変数 $x$ に任意の置換を行なえば,項の順序だけが変わり得るに止まることは定理 $5.\ 6$ と同様であるから,括弧の中,したがってまた $G(X)$ は変数 $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ に関して対称式である.ゆえに $G(X)$ は次のような形の式である\[G(X)=a_0+a_1X+a_2X^2+\cdots+a_{i-1}X^{i-1}.\] さて $(\ 1\ )$ の両辺において $X=f$ とおけば,左辺では $\dfrac{F(X)\varphi}{X-f}$ が $F^\prime(f)\hspace{0.7mm}\cdotp\varphi$,になり($F^\prime$ は導函数),その他は $0$ になるから,\[F^\prime(f)\hspace{0.7mm}\cdotp\varphi=G(f).\]ゆえに\[\varphi=\frac{G(f)}{F^\prime(f)}=\frac{a_0+a_1f+a_2f^2+\cdots+a_{i-1}f^{i-1}}{if^{i-1}+(i-1)S_1f^{i-2}+\cdots+S_{i-1}}.\]すなわち定理にいう通りである(行掛り上記号は違った).$\varphi$ の分母も分子も,$f$ に関して $i-1$ 次以下である.
 $\boldsymbol{4.}$ 方程式論において定理 $5.\ 6$ の応用は広大である.方程式 $F(x)=0$ の根を $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$,$\varphi(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ をこれらの根の与えられた有理式とする.すなわち $\varphi$ なる式は既知で,$\varphi(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ の値は未知である.さて $\varphi(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ から変数の置換によって $i$ 個の相異なる有理式が生ずるならば,それらの対称式,特に基本対称式は,定理 $5.\ 6$ によって $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ に関しても対称であるから,方程式 $F(x)=0$ の係数から有理的(四則によって)に求められる.ゆえに未知な $\varphi(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ を根とする $i$ 次の方程式が得られる.この原則の応用によって,次章で述べるように,三次および四次方程式を解くことを得るのである.
 また $\varphi(x_1)$,$\varphi(x_2)$,$\cdots$,$\varphi(x_n)$ を根とする $n$ 次の方程式 $G(y)=0$ も対称式の計算によって求められる.すなわち $i=n$ なる特別の場合である.これを応用して,方程式 $F(x)=0$ を変形することができる.$\varphi$ なる有理式を適当に選んで,$G(y)$ をある条件に適させることが,その目的である.このような変形を Tschirnhausen の変形という.
 特に方程式 $F(x)=0$ の根の間に $\varphi(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)=0$ という関係があるために必要かつ十分な条件は,$\varphi$ から生ずる上の $i$ 個の有理式の積である対称式 $S(x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n)$ が $0$ に等しいことである.この条件 $S=0$ も,対称式の計算によって得られる.
 〔問題 $\boldsymbol{2}$〕 方程式 $f(x)=a_0x^n+a_1x^{n-1}+\cdots+a_n=0$ の根 $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ の平方を根とする方程式を求めること.
 〔解〕 求める方程式を $F(y)=y^n+A_1y^{n-1}+\cdots+A_n=0$ とすれば,$A_1=-\sum x_1{}^2$,$A_2=-\sum x_1{}^2x_2{}^2$,$A_3=-\sum x_1{}^2x_2{}^2x_3{}^2$,$\cdots$ である.
 ただしこの場合には\begin{alignat*}{1}a_0{}^2F(y^2)&=a_0{}^2{\textstyle\prod}(y^2-x_k{}^2)=a_0{\textstyle\prod}(y-x_k)\hspace{0.7mm}\cdotp a_0{\textstyle\prod}(y+x_k)\\[2mm]&=f(y)\hspace{0.7mm}\cdotp(-1)^nf(-y)\end{alignat*}だから,$f(y)\hspace{0.7mm}\cdotp f(-y)$ を計算して $y^2$ に $y$ を代入すれば,$(-1)^na_0{}^2F(y)$ が得られる.
 ゆえに $F(y)$ の符号にかまわないならば\begin{alignat*}{1}&a_0{}^2A_1=-a_1{}^2+2a_0a_2,\\[2mm]&a_0{}^2A_2=a_2{}^2-2a_1a_3+2a_0a_4,\\[2mm]&a_0{}^2A_3=-a_3{}^2+2a_2a_4-2a_1a_5+2a_0a_6,\\[2mm]&\huge\hspace{3mm}\cdotp\hspace{3mm}\cdotp\hspace{3mm}\cdotp\hspace{3mm}\cdotp\hspace{3mm}\cdotp\hspace{3mm}\cdotp\hspace{3mm}\cdotp\hspace{3mm}\cdotp\hspace{3mm}\cdotp&\\&a_0{}^2A_n=(-1)^na_n{}^2.\end{alignat*}
 〔問題 $\boldsymbol{3}$〕 三次方程式 $f(x)\equiv x^3+px^2+qx+r=0$ において一つの根が他の二つの根の相加平均に等しいとき,係数 $p$,$q$,$r$ の間にいかなる関係があるか.
 〔解〕 根を $\alpha$,$\beta$,$\gamma$ とすれば\[S=(2\alpha-\beta-\gamma)(2\beta-\gamma-\alpha)(2\gamma-\alpha-\beta)=0\]が必要かつ十分な条件である.$S$ は $\alpha$,$\beta$,$\gamma$ の対称式だから,それを係数 $p$,$q$,$r$ の整式として表わすことができる.
 その計算を実行すれば,\begin{alignat*}{1}S&=(3\alpha+p)(3\beta+p)(3\gamma+p)\\[2mm]&=-27\left(-\frac{p}{3}-\alpha\right)\left(-\frac{p}{3}-\beta\right)\left(-\frac{p}{3}-\gamma\right)\\[2mm]&=-27f\left(-\frac{p}{3}\right)\\[2mm]&=p^3-3p^3+9pq-27r\\[2mm]&=-2p^3+9pq-27r=0.\end{alignat*}これが求める条件である.
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