第 $6$ 章 三次および四次方程式
$\S\ 33.$ 三次方程式の解法$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$Cardano の公式
$\boldsymbol{1.}$ 三次方程式\[f(x)=x^3+a_1x^2+a_2x+a_3=0\]において\[x=y-\frac{\ a_1\ }{3}\]とおいて,未知数の一次変形を行なえば,$y$ に関する方程式においては二次の項が消滅して次のような形になる:\[y^3+ay+b=0.\]ここで\begin{alignat*}{1}a&=f^\prime\left(-\frac{\ a_1\ }{3}\right)=\frac{-1}{3}(a_1^2-3a_2),\\[2mm]b&=f\left(-\frac{\ a_1\ }{3}\right)=\frac{1}{27}(2a_1{}^3-9a_1a_2+27a_3).\end{alignat*} よって初めから方程式を簡約された形に取って\[x^3+ax+b=0\tag{$\ 1\ $}\]を解くことにする.\[x=u+v\tag{$\ 2\ $}\]とおいて,$(\ 1\ )$ に代入すれば\[u^3+v^3+(3uv+a)(u+v)+b=0.\tag{$1^{\large*}$}\] よって\[u^3+v^3+b=0,\hspace{15mm}3uv+a=0\]から $u$,$v$ を定めて,その値を $(\ 2\ )$ に代入すれば,$x$ は $(\ 1\ )$ を満足させる.上の条件は\[\left.\begin{array}{l}u^3+v^3=-b\\[2mm]uv=-\dfrac{a}{3}\end{array}\right\}\tag{$\ 3\ $}\]で,これから $u^3$,$v^3$ を根とする二次方程式を得る.すなわち\[t^2+bt-\frac{a^3}{27}=0\tag{$\ 4\ $}\]である.これを三次方程式 $(\ 1\ )$ の分解方程式という.$(\ 4\ )$ から\[u^3=\frac{-b}{2}+\sqrt{R},\hspace{1cm}v^3=\frac{-b}{2}-\sqrt{R}.\]
ただし | \[R=\frac{b^2}{\hphantom{1}4\hphantom{1}}+\frac{a^3}{\ 27\ }.\tag{$\ 5\ $}\] |
公式 $(\ 7\ )$ において,$1$,$\omega^2$,$\omega$ および $1$,$\omega$,$\omega^2$ を順次に掛けて加え\[3u=x_1+\omega^2x_2+\omega x_3,\hspace{15mm}3v=x_1+\omega x_2+\omega^2 x_3\]を得る.上の解法ははなはだ技術的で,不自然であるが,$u$,$v$ と根 $x_1$,$x_2$,$x_3$ との間のこの関係に着眼すれば,おのずから次に掲げる Lagrange の合理的解法に到達することができる.
$\boldsymbol{2.}$ 三次方程式を一般の形\[f(x)=a_0x^3+a_1x^2+a_2x+a_3=0\tag{$\ 8\ $}\]に取って,その根を $x_1$,$x_2$,$x_3$ とする.$\omega$ を $1$ の虚数立方根として\[u=a_0(x_1+\omega x_2+\omega^2x_3),\hspace{1cm}v=a_0(x_1+\omega^2x_2+\omega x_3)\]とおく.$u$ において三つの根に置換を行なうときは,六つの相異なる式を得る.すなわち $(1\ 2\ 3)$,$(1\ 3\ 2)$ によって $u$ は $\omega^2u$,$\omega u$ になり,また $(23)$,$(13)$,$(12)$ によって $v$,$\omega^2v$,$\omega v$ になる.ゆえに $u^3$ からは $x_1$,$x_2$,$x_3$ の置換によってただ二つの相異なる式を生ずる.それらはすなわち $u^3$,$v^3$ である.したがって $u^3+v^3$ と $u^3v^3$ とは三つの根の対称式であるが,特に $uv$ それ自身がすでに対称式である.よって\begin{alignat*}{1}u^3&+v^3=a_0{}^3(x_1+\omega x_2+\omega^2x_3)^3+a_0{}^3(x_1+\omega^2x_2+\omega x_3)^3=A,\\[2mm]&uv=a_0{}^2(x_1+\omega x_2+\omega^2x_3)(x_1+\omega^2x_2+\omega x_3)=B\end{alignat*}とおけば,$A$,$B$ は方程式 $(\ 8\ )$ の係数の有理式として計算することのできるものである.
$A$ は $(x_1+\omega x_2+\omega^2x_3)+(x_1+\omega^2x_2+\omega x_3)$ すなわち $2x_1-x_2-x_3$ という因数をもつから,対称の理由によって\begin{alignat*}{1}A&=a_0{}^3(2x_1-x_2-x_3)(2x_2-x_1-x_3)(2x_3-x_1-x_2)\\[2mm]&=(3a_0x_1+a_1)(3a_0x_2+a_1)(2a_0x_3+a_1)\\[2mm]&=-27a_0{}^2f\left(-\frac{a_1}{3a_0}\right)=9a_0a_1a_2-2a_1{}^3-27a_0{}^2a_3.\end{alignat*}
また | $B=a_0{}^2(x_1{}^2+x_2{}^2+x_3{}^2-x_1x_2-x_1x_3-x_2x_3)=a_1{}^2-3a_0a_2.$ |
$\boldsymbol{3.}$ 上の Lagrange の解法は,かなり自然的の方法というべきであるが,ただ $x_1+\omega x_2+\omega^2x_3$ のようなものを捕えたのが天来の思いつきであるかに見える.いま更に一歩を進めて,このような分解式 $x_1+\omega x_2+\omega^2x_3$ の由来を説明する.分解式というのは,ある方程式を解く手段として用いられる原方程式の根の有理式をいうのである.
いま三次方程式\[f(x)=0\]の根 $x_1$,$x_2$,$x_3$ の有理式を $\varphi(x_1,\ x_2,\ x_3)$ とし,$\varphi$ から三つの根の置換によって生ずる六つの有理式を $\varphi$,$\varphi_1$,$\cdots$,$\varphi_5$ とし,これらが相異なる式であるように $\varphi$ を選んだものとする(上の $u$ はその一例である).しからば定理 $5.\ 6$ によってこれらの六つの有理式は $x_1$,$x_2$,$x_3$ の対称式を係数とする六次方程式の根である.その方程式を\[X^6+A_1X^5+\cdots+A_6=0\tag{$\ 9\ $}\]とすれば,係数 $A_1$,$A_2\cdots$,$A_6$ は方程式 $(\ 8\ )$ の係数によって有理的に表わし得る既知数である.さて定理 $5.\ 7$ によって,$x_1$,$x_2$,$x_3$ の任意の有理式,したがって特に $x_1$,$x_2$,$x_3$ それ自身が $\varphi$ に関する有理式として計算される($\varphi$ の代わりに $\varphi_1$,$\varphi_2$,$\cdots$,$\varphi_5$ のうちのどれを用いることにしても同様).すなわち $x_1$,$x_2$,$x_3$ が知れたならば,$\varphi$,$\varphi_1$,$\cdots$,$\varphi_5$ はもちろん有理的に求められるが,逆に $\varphi$,$\varphi_1$,$\cdots$,$\varphi_5$ のうちの一つだけが知れたならば,$x_1$,$x_2$,$x_3$ が有理的に計算されるから,方程式 $(\ 8\ )$ の三つの根を求めるのも,方程式 $(\ 9\ )$ の一つの根を求めるのもつまり同一の問題と見ることができる.このように三次方程式 $(\ 8\ )$ の解法を六次方程式 $(\ 9\ )$ の解法に帰着させることは,方程式の次数に拘泥すれば,かえって問題を複雑ならしめるかに見えるけれども,実は方程式 $(\ 9\ )$ は特殊な六次方程式で,すなわちその根の中の一つが知れたときに,他の根がすべて有理的に求められるのであるから,単に次数の高低のみによって方程式の難易を判定することはできないのである.
方程式 $(\ 9\ )$ の根の中の一つによって,他のものが有理的に表わされることに基づいて,三次方程式の解法の中に現われる著明な一つの事実が最も明瞭に説明される.前節において用いた分解式では $u\ v$ の積が $x_1$,$x_2$,$x_3$ の対称式に等しく,したがって $u$ によって $v$ が有理的に表わされたのであるが,それが偶然の事情であるかに見えたのである.しかるに上のように考えると,$v$ が $u$ の有理式として表わされることは当然であって,ただそれが $uv=B$ のようになることが,$u$ の特別なる選定の結果として生じたのにすぎないのである.
さて六次方程式 $(\ 9\ )$ であるが,もし $\varphi$ を適当に選ぶことによって,$(\ 9\ )$ が\[X^6+A_3X^3+A_6=0\tag{$10$}\]のような形になるならば,それは $X^3$ に関する二次方程式であるから,それを解いて $\varphi^3$ を求め,次に立方根を開いて $\varphi$ を求めることができる.$\varphi$ が $(10)$ の根であるときには,$\omega\varphi$,$\omega^2\varphi$ がやはり $(10)$ を満足するから,$\varphi$ は $x_1$,$x_2$,$x_3$ の置換によって $\omega\varphi$,$\omega^2\varphi$ にならなければならない.またそのような置換は $(1,\ 2,\ 3)$,$(1,\ 3,\ 2)$ でなければならない($\varphi|(12))=C\hspace{0.7mm}\cdotp\varphi$ ならば,$C^2=1$ であるから).このような $\varphi$ をなるべく簡単に求めるために,$\varphi$ を $x_1$,$x_2$,$x_3$ の一次式として\[\varphi=c_1x_1+c_2x_2+c_3x_3\]とおいて見れば,条件は\[c_1x_2+c_2x_3+c_3x_1=\omega(c_1x_1+c_2x_2+c_3x_3),\]すなわち\[c_3=\omega c_1,\ c_1=\omega c_2,\ c_2=\omega c_3,\]あるいは\[c_1\ :\ c_2\ :\ c_3=1\ :\ \omega^2\ :\ \omega.\]よって $c_1=1$ とすれば\[\varphi=x_1+\omega^2x_2+\omega x_3\]で,すなわち Lagrange の解法の根拠が明白になったのである.