代 数 学 講 義 改訂新版

$\blacktriangleleft$ $\S\ 46.$ 余因子$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$小行列式  $\S\ 48.$ 行列の位 $\blacktriangleright$

『代数学講義』目次へ



第 $8$ 章 行  列  式


 $\S\ 47.$ 連立一次方程式の解$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$Cramer の公式

 $\boldsymbol{1.}$ 連立一次方程式の解法に関しては $\S\ 43$ で述べたのであったが問題はまだ完全に解決されていないのである.
 本節では $n$ 個の未知数 $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ を含む $n$ 個の一次方程式を次の形にしるす.\begin{alignat*}{1}f_p=a_{p1}x_1&+a_{p2}x_2+\cdots+a_{pq}x_q+\cdots+a_{pn}x_n+a_p=0.\tag{$\ 1\ $}\\[2mm]&\hphantom{+}(p=1,\ 2,\ \cdots,\ n)\end{alignat*}$f_p$ は方程式の左辺の一次式を表わす記号で,$a_{pq}$ は $f_p$ における $x_q$ の係数である.すなわち $a_{pq}$ において第一の番号 $p$ は方程式の番号で,第二の番号 $q$ は未知数の番号である.また $f_p$ における既知項はただ一つの番号を用いて $a_p$ としたのである.
 未知数の係数を組成分子とする行列式を $D$ とする.すなわち\[D=\begin{vmatrix}\ a_{11}&a_{12}&\cdotp&a_{1n}\ \\[1mm]\ a_{21}&a_{22}&\cdotp&a_{2n}\ \\[1mm]\ \cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\ \\[1mm]\ a_{n1}&a_{n2}&\cdotp&a_{nn}\ \end{vmatrix}\tag{$\ 2\ $}\] $(\ 1\ )$ を解くには $n$ 個の方程式に適当な因数を掛けて加えて $n-1$ 個の未知数を消去する.換言すれば $f_1$,$f_2$,$\cdots$,$f_n$ に関する斎次一次式を作って,それが $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ のうちただ一つだけを含むようなものを得ようとするのである.行列式を用いるならば,そのような一次式は容易に得られる.
 $D$ の第 $q$ 列を一次式 $f_1$,$f_2$,$\cdots$,$f_n$ でおき換えて\[F_q\equiv\begin{vmatrix}\ a_{11}&a_{12}&\cdotp&\cdotp&f_1&\cdotp&a_{1n}\ \\[1mm]\ a_{21}&a_{22}&\cdotp&\cdotp&f_2&\cdotp&a_{2n}\ \\[1mm]\ \cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\ \\[1mm]\ a_{n1}&a_{n2}&\cdotp&\cdotp&f_n&\cdotp&a_{nn}\ \end{vmatrix}\hspace{1cm}(q=1,\ 2,\ \cdots,\ n)\]とおけば,それらが所要のものである.$f_p$ は $n+1$ 項の和であるから,定理 $8.\ 2$ によって $F_q$ は $n+1$ 個の行列式の和に等しい.それらの行列式のうち二つのほかは定理 $8.\ 3$ によって $0$ に等しく,結局\[F_q=Dx_q+D_q\tag{$\ 3\ $}\]を得る.$D_q$ は $D$ における第 $q$ 列を既知項 $a_1$,$a_2$,$\cdots$,$a_n$ でおき換えたものである.すなわち\[D_q=\begin{vmatrix}\ a_{11}&a_{12}&\cdotp&\cdotp&a_1&\cdotp&a_{1n}\ \\[1mm]\ a_{21}&a_{22}&\cdotp&\cdotp&a_2&\cdotp&a_{2n}\ \\[1mm]\ \cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\ \\[1mm]\ a_{n1}&a_{n2}&\cdotp&\cdotp&a_n&\cdotp&a_{nn}\ \end{vmatrix}\tag{$\ 4\ $}\]$(\ 3\ )$ は $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ に関して恒等式である.いまもし $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ を $(\ 1\ )$ の解とするならば,すなわち $f_1=f_2=\cdots=f_n=0$ とするならば,\[F_q=0\hspace{1cm}(q=1, 2\cdots,\ n)\]になる.よって $(\ 3\ )$ から $D\neq0$ なる仮定のもとにおいて\[x_q=-\frac{D_q}{D},\hspace{5mm}(q=1,\ 2,\ \cdots,\ n)\tag{$\ 5\ $}\]を得る.これが Cramer の公式である.
 $\boldsymbol{2.}$ 以上はすでに $\S\ 43$ で述べたことである.さて上の考察によれば,$(\ 1\ )$ に解があるものと仮定するならば,その解は $F_q=0$($q=1$,$2$,$\cdots$,$n$)をも満足させ,したがって $D\neq0$ という仮定のもとにおいて解は $(\ 5\ )$ によって与えられることが知られたのである.すなわち $(\ 5\ )$ 以外に解があり得ないことはわかったのであるけれども,$(\ 5\ )$ そのものが果たして実際 $(\ 1\ )$ を満足させるかどうかは,まだ解決されていない.これは逆命題である.$\S\ 43$ ではこの論点に触れなかったから,いまその補いをしなければならない.
$\begin{vmatrix}\ f_p&a_{p1}&a_{p2}&\cdotp&a_{pn}\ \\[1mm]\ f_1&a_{11}&a_{12}&\cdotp&a_{1n}\ \\[1mm]\ f_2&a_{21}&a_{22}&\cdotp&a_{2n}\ \\[1mm]\ \cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\ \\[1mm]\ f_n&a_{n1}&a_{n2}&\cdotp&a_{nn}\ \end{vmatrix}=0.$
 $(\ 5\ )$ が解であることを確かめるには $(\ 5\ )$ の $x_q$ に $a_{pq}$ を掛けて $\overset{n}{\underset{q=1}{\sum}}a_{pq}x_q+a_p$ なる和が $0$ に等しいことを見ればよい.この計算を手短かにするのに,左のような行列式を使う.第 $p$ 行を二度書いておくのである.
 これを第一行に関して展開すれば\[Df_p-a_{p1}F_1-a_{p2}F_2-\cdots-a_{pn}F_p=0.\] まず第一項 $Df_p$ は論はない.次に $a_{p1}$ の余因子は符号をしばらく考えないならば,$D$ の第 $1$ 列を含まないで,その代わりに $f_1$,$f_2$,$\cdots$,$f_p$ を一つの列として含むものであるから,前掲の $F_1$ に等しい.すなわち第二項は $\pm a_{p1}F_1$ である.
 第三項以下も同様である.符号 $\pm$ は実際みな $-$ になるのであるが,いま差し当たって符号を決定する必要はない.要するに\[Df_p\pm a_{p1}F_1\pm a_{p2}F_2\pm\cdots\pm a_{pn}F_n=0\]のような恒等式が成り立つのである.
 さて $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ が $(\ 5\ )$ の値をもつならば,$F_1=F_2=\cdots=F_n=0$ になるから,上の恒等式から $Df_p=0$ を得る.ゆえに $D\neq0$ という仮定のもとにおいて $f_p=0$($p=1$,$2$,$\cdots$,$n$)を得るのである.
 上の証明は二段に分かれている.第一段は\[f_1=f_2=\cdots=f_n=0\ \style{font-family:serif}{\text{ならば}},\ \ F_1=F_2=\cdots=F_n=0.\]第二段は\[F_1=F_2=\cdots=F_n=0,\ \ D\neq0\ \style{font-family:serif}{\text{ならば}},\ \ f_1=f_2=\cdots=f_n=0.\]ここに至って Cramer の公式が確定したのである.
 $\boldsymbol{3.}$ 特に $a_1=a_2=\cdots=a_n=0$ である場合,すなわち斎次一次方程式\begin{alignat*}{1}a_{p1}x_1&+a_{p2}x_2+\cdots+a_{pn}x_n=0\tag{$\ 6\ $}\\[2mm]&\hphantom{+}(p=1,\ 2,\ \cdots,\ n)\end{alignat*}においては,$D_q$ の第 $q$ 列は全部 $0$ であるから,$D_q=0$($q=1$,$2$,$\cdots$,$n$).したがって $D\neq0$ なる仮定のもとにおいては解は $x_1=x_2=\cdots=x_n=0$ だけである.対偶をいえば次の定理を得る.
 〔定理 $\boldsymbol{8.\ 9}$〕 $n$ 個の未知数を含む $n$ 個の斎次一次方程式 $(\ 6\ )$ が $x_1=x_2=\cdots=x_n=0$ 以外の解をもつならば\[D=0.\] これはしばしば引用される定理である.
inserted by FC2 system