第 $8$ 章 行 列 式
$\S\ 48.$ 行 列 の 位
$\boldsymbol{1.}$ 一次方程式論を続ける前に,行列の位(rank,階数ともいう)について説明する必要がある.行列とは若干行,若干列に数を配置したもので行と列との数 $m$,$n$ は任意である.たとえば次の通り.\[\begin{pmatrix}a_{11}&a_{12}&\cdotp&\cdotp&a_{1n}\\[1mm]a_{21}&a_{22}&\cdotp&\cdotp&a_{2n}\\[1mm]\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\\[1mm]a_{m1}&a_{m2}&\cdotp&\cdotp&a_{mn}\end{pmatrix}\tag{$\ 1\ $}\] 括弧はこの配置にまとまりをつけるためにしるしたまでで,行列式の記法における縦線が函数記号の代用であるのとは違う.通常は括弧 $($ $)$ を用いる.また近時は $\|$ $\|$ も用いられる.本書では,印刷の便宜上,上のような括弧を用いてみたのであるが,場合に応じて混用する.
さて行列 $(\ 1\ )$ から任意に $k$ 行,$k$ 列を取って,それらが交叉するところに配置されている $k^2$ 個の組成分子をそっくり,そのまま取って作られる行列式を行列 $(\ 1\ )$ の中の $k$ 次の行列式という.
このような行列式は $k=1$,$2$,$3$,$\cdots$ に対して(もちろん $k\leqq m$,$k\leqq n$)はなはだ多数生ずるが,それらの行列式で $r$ 次のものの中には $0$ に等しくないものがあって,$r$ よりも高次のものは全部 $0$ に等しいときに,$r$ を行列の位というのである.すなわち位は行列中の $0$ に等しくない行列式の最大次数である.
上の,位の定義において $r$ よりも高次の行列式は全部 $0$ に等しいといったけれども,$r+1$ 次の行列式が全部 $0$ に等しければよいのである.$r+1$ 次の行列式が全部 $0$ に等しいならば,$r+2$ 次の行列式は定理 $8.\ 8$ にによって $0$ に等しく,したがって $r+3$,$\cdots$ 次の行列式もまた $0$ に等しいからである.
$\boldsymbol{2.}$ 次に述べる定理は位の定義から直ちに出て来る.
$1)$ | 行列の行または列の順序を変えても,または行と列とを転置しても位は変わらない. |
$2)$ | 行列のある行または列の各組成分子に $0$ でない一定の乗数を掛けても,位は変わらない. |
$3)$ | 行または列を添加して行列を拡張するときは,位は高くはなっても低くはならない. 新たに $0$ に等しくない行列式が生じ得るからである. |
$4)$ | 行列のある列に一定の乗数を掛けて,それを他の列に加えても位は変わらない. |
この定理を反復応用すれば,行列の任意数の列にそれぞれ一定の乗数を掛けて他の列に加えても,位が変わらないことがわかる.
列の代わりに行を取っても同様である.
$\boldsymbol{3.}$ 行列の若干列(または行)の各組成分子にそれぞれ一定の乗数を掛けて各列における同位置のものを加え合わせたものを略して,それらの列の一次的結合という.たとえば\begin{alignat*}{1}&\lambda_1a_{11}+\lambda_2a_{12}+\cdots+\lambda_ka_{1k}\\[2mm]&\lambda_1a_{21}+\lambda_2a_{22}+\cdots+\lambda_ka_{2k}\\[2mm]&{\small\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots}\\[2mm]&\lambda_1a_{m1}+\lambda_2a_{m2}+\cdots+\lambda_ka_{mk}\end{alignat*}は行列 $(\ 1\ )$ の第 $1$ ないし $k$ 列の一次的結合である.
〔定理 $\boldsymbol{8.\ 10}$〕 行列にその列の一次的結合を一つの列として添加しても,位は変わらない.ゆえにまた行列のある列が他の列の一次的結合であるときに,その列を取り去っても,位は変わらない.
〔証〕 $4)$ と同様.
〔定理 $\boldsymbol{8.\ 11}$〕 行列の位が $\boldsymbol{r}$ ならば$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$その $r$ 個の列〔行〕から $\boldsymbol{0}$ に等しくない $\boldsymbol{r}$ 次の行列式を作り得るのであるが$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$その他の列〔行〕はこれらの $\boldsymbol{r}$ 列〔行〕の一次的結合に等しい.
〔証〕 $1)$ によって $0$ に等しくない $r$ 次の行列式は第 $1$ ないし $r$ の行と列とから作られたものと仮定してさしつかえない.よって\[A_r=\begin{vmatrix}a_{11}&a_{12}&\cdotp&a_{1r}\\[1mm]a_{21}&a_{22}&\cdotp&a_{2r}\\[1mm]\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\\[1mm]a_{r1}&a_{r2}&\cdotp&a_{rr}\end{vmatrix}\neq0\tag{$\ 3\ $}\]とする.
いま $\rho$ および $\sigma$ を $r$ よりも大きい番号とすれば,$r+1$ 次の行列式\[\begin{vmatrix}a_{11}&a_{12}&\cdotp&a_{1r}&a_{1\sigma}\\[1mm]a_{21}&a_{22}&\cdotp&a_{2r}&a_{2\sigma}\\[1mm]\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\\[1mm]a_{r1}&a_{r2}&\cdotp&a_{rr}&a_{r\sigma}\\[1mm]a_{\rho1}&a_{\rho2}&\cdotp&a_{\rho r}&a_{\rho\sigma}\end{vmatrix}=0.\tag{$\ 4\ $}\] さて $A_r\neq0$ であるから,Cramer の公式によって\[\left.\begin{alignat*}{1}&a_{11}\lambda_1+a_{12}\lambda_2+\cdots+a_{1r}\lambda_r+a_{1\sigma}=0\\[2mm]&{\small\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots}\\[2mm]&a_{r1}\lambda_1+a_{r2}\lambda_2+\cdots+a_{rr}\lambda_r+a_{r\sigma}=0\end{alignat*}\right\}\tag{$\ 5\ $}\]なる $\lambda_1$,$\lambda_2$,$\cdots$,$\lambda_r$ が求められる.これらの乗数を $(\ 4\ )$ の第 $1$ ないし $r$ 列に掛けて最後の列に加えるならば,\[\begin{vmatrix}a_{11}&a_{12}&\cdotp&a_{1r}&0\\[1mm]a_{21}&a_{22}&\cdotp&a_{2r}&0\\[1mm]\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\\[1mm]a_{r1}&a_{r2}&\cdotp&a_{rr}&0\\[1mm]a_{\rho1}&a_{\rho2}&\cdotp&a_{\rho r}&a^\prime{}_{\rho\sigma}\end{vmatrix}=0.\]を得る.ただし,\[a^\prime{}_{\rho\sigma}=a_{\rho1}\lambda_1+a_{\rho2}\lambda_2+\cdots+a_{\rho r}\lambda_r+a_{\rho\sigma}.\]よって\[A_ra^\prime{}_{\rho\sigma}=0.\]$A_r\neq0$ だから\[a^\prime{}_{\rho\sigma}=0.\] すなわち $(\ 4\ )$ における最終列は第 $1$ ないし $r$ 列の一次的結合である.$(\ 4\ )$ における $\rho$ を $r+1$,$r+2$,$\cdots$,$m$ に換えても,乗数 $\lambda$ は $(\ 5\ )$ からきめられるのであるから,$(\ 1\ )$ における第 $\sigma$ 列は第 $1$ ないし $r$ 列の一次的結合に等しい.$\sigma$ を $r+1$,$r+2$,$\cdots$,$n$ のどれとしても同様であるから,証は終わる.
〔定理 $\boldsymbol{8.\ 12}$〕 行列中の $r$ 次のある行列式が $0$ に等しくなくて,それを含んだ $r+1$ 次の行列式が全部 $0$ に等しいときには,行列の位は $r$ である.
〔注意〕 $r$ 次の行列式 $A_r\neq0$ とすれば,行列の位はもちろん $r$ 以上である.位が $r$ であるのには,$r+1$ 次の行列式が全部 $0$ に等しいことを要するが,それらの行列式の中で,$A_r$ を含んだものだけが $0$ に等しいならば,それで十分であるというのが定理の趣意である.$r+1$ 次の行列式はその数がはなはだ多いが,その中の一小部分なる $A_r$ を含むものだけが $0$ に等しいならば,全部が $0$ に等しいというのであるから,この定理は行列の位を定めるのに有効な方法を示すものといわねばならない.たとえば $m=n=5$ で $r=3$ ならば $4$ 次の行列式の総数は $25$ であるが,$A_r$ を含むものは $4$ である.
〔証〕 $A_r$ は前掲 $(\ 3\ )$ の通りとすれば,仮定によって $(\ 4\ )$ のような行列式が全部 $0$ であるから,定理 $8.\ 11$ の証明と同様に,原行列の第 $r+1$,$\cdots$,$n$ 列は第 $1$ ないし $r$ 列の一次的結合である.よって原行列の位はその $r+1$ 以上の列を取り去っても変わらない(定理 $8.\ 10$).すなわち位は $r$ である.