代 数 学 講 義 改訂新版

$\blacktriangleleft$ $\S\ 50.$ 連立一次方程式の解$\hspace{0.5mm}$,$\hspace{-0.5mm}$一般の場合  $\S\ 52.$ Laplace の定理 $\blacktriangleright$

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第 $8$ 章 行  列  式


 $\S\ 51.$ 基本定理の拡張

 $\boldsymbol{1.}$ 行列式の一般論に返って,Laplace の展開と行列式の掛け算とを説明するのであるが,それらを統一的に取り扱うために,まず次の問題を解こう.行列式の定義を引き出すために,$\S\ 44$ で解いた問題を次のように拡張することができる.
 各組 $n$ ずつ $m$ 組すなわち合わせて $mn$ の変数 $a_{\mu\nu}$ を $m$ 行に並べて\[\begin{pmatrix}\ a_{11}&a_{12}&\cdotp&\cdotp&a_{1n}\ \\[1mm]\ a_{21}&a_{22}&\cdotp&\cdotp&a_{2n}\ \\[1mm]\ \cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\ \\[1mm]\ a_{m1}&a_{m2}&\cdotp&\cdotp&a_{mn}\ \end{pmatrix}\tag{$\ 1\ $}\]とする.これらの $mn$ 個の変数の整式 $\varPhi$ を次の条件によって決定しよう.
 $(\ \text{I}\ )$ $\varPhi$ は $(\ 1\ )$ の各行の文字に関して斎次一次式である.
 $(\ \!\text{II}\ \!)$ $(\ 1\ )$ の任意の $2$ 行が一致するとき,$\varPhi$ は $0$ になる.
これがいま解こうとする問題である.
 $\S\ 44$ で解いたのは $m=n$ なる特別の場合である.ただし $\S\ 44$ では各組の変数を列にしるしたのであるが,ここでは,記法の便宜上,各組の変数を行にしるすことにする.
 $\boldsymbol{2.}$ まず $m=2$ のときに二組の変数を\[\left.\begin{array}{c}x_1,\ x_2,\ \cdots,\ x_n\hphantom{1}\\[2mm]y_1,\ y_2,\ \cdots,\ y_n\hphantom{1}\end{array}\right\}\tag{$\ 2\ $}\]とするならば,$(\ \text{I}\ )$ によって\begin{alignat*}{1}\varPhi=P_{11}x_1y_1+P_{12}x_1y_2&+P_{21}x_2y_1+\cdots\\[2mm]&+P_{\alpha\alpha}x_\alpha y_\alpha+P_{\alpha\beta}x_\alpha y_\beta+P_{\beta\alpha}x_\beta y_\alpha+\cdots.\tag{$\ 3\ $}\end{alignat*}また $(\ \!\text{II}\ \!)$ によって\begin{alignat*}{1}0=P_{11}x_1{}^2+(P_{12}+P_{21})x_1x_2&+\cdots\\[2mm]&+P_{\alpha\alpha}x^2{}_\alpha+(P_{\alpha\beta}+P_{\beta\alpha})x_\alpha x_\beta+\cdots.\end{alignat*}これは $x_1$,$x_2$,$\cdots$,$x_n$ に関する恒等式であるべきであるから\[P_{\alpha\alpha}=0.\hspace{15mm}P_{\beta\alpha}=-P_{\alpha\beta}.\tag{$\ 4\ $}\]ゆえに\[\varPhi=P_{12}(x_1y_2-x_2y_1)+\cdots+P_{\alpha\beta}(x_\alpha y_\beta-x_\beta y_\alpha)+\cdots.\] $P_{\alpha\beta}$ が任意の定数であるとき,このような $\varPhi$ が $(\ \text{I}\ )$,$(\ \!\text{II}\ \!)$ の条件を満たすことは明らかである.
 すなわち問題は,$m=2$($n\geqq2$)のときには,解けたのである.
 $\boldsymbol{3.}$ さて,$m$ の一般の値に対して,上の問題を解くのに,この結果を応用することができる.$(\ 2\ )$ の二組の変数が行列 $(\ 1\ )$ の任意の $2$ 行を代表するものと見れば,いま求めつつあるところの $\varPhi$ は $(\ 4\ )$ の条件を満たさねばならない.ただしこの場合は,$P_{\alpha\beta}$ は $(\ 2\ )$ によって代表された行列 $(\ 1\ )$ の $2$ 行以外の行に属する文字のみを含むものである.
 さて $\varPhi$ は $(\ \text{I}\ )$ によって,行列 $(\ 1\ )$ の各行の文字に関して斉次一次式であるから\[Ca_{1\alpha}a_{2\beta}\cdots a_{m\mu}\tag{$\ 5\ $}\]のような項の和でなければならないが,$(\ 4\ )$ の等式 $P_{\alpha\alpha}=0$ は,$(\ 5\ )$ において第二番号の中に相等しいもののあるような項は $\varPhi$ の中には含まれない(すなわちその係数 $C$ が $0$ である)ことを示す.
 しかるに $m\gt n$ ならば,$1$,$2$,$\cdots$,$n$ である番号から $m$ 個の相異なるものを取り得ないから,$\varPhi=0$.
 また $m=n$ ならば,行列 $(\ 1\ )$ は方形である.その行列式を $D$ とすれば,\[\varPhi=cD\]でなければならないことは,$\S\ 44$ に述べた通りである.ここで $c$ は任意の定数である.
 残るのは $m\lt n$ の場合である.この場合には\[\varPhi={\textstyle\sum}Ca_{1\alpha}a_{2\beta}\cdots a_{m\mu}\]において,$\alpha$,$\beta$,$\cdots$,$\mu$ は $1$,$2$,$\cdots$,$n$ の中の相異なる $m$ 個の番号である.さて $n$ 個の番号 $1$,$2$,$\cdots$,$n$ の中から $m$ 個の番号を選び出す仕方は\[\nu=\binom{n}{m}=\frac{n(n-1)\cdots(n-m+1)}{m\ \!!}\]だけあるが,これら $\nu$ 組の組合せに属する $m$ 個の番号を $m\ \!!$ の順序に並べ得るから,全体において $(\alpha,\ \beta,\ \gamma,\ \cdots,\ \mu)$ の取り得る値は\[\nu\times m\ \!!\]だけあって,$\varPhi$ はこれだけの項を含み得るのである.
 これらの項を $\nu$ 組の組合せに応じて,$\nu$ 個の部分に分けて\[\varPhi=\varPhi_1+\varPhi_2+\cdots+\varPhi_\nu\]とおくことができる.すなわち $\varPhi_k$ は同一の組合せ $(\alpha,\ \beta,\ \cdots,\ \mu)$ に対応する $m\ \!!$ 項の和を表わすのである.たとえば,$\varPhi_1$ は $(1,\ 2,\ \cdots,\ m)$ なる組合せに対応するとすれば,\[\varPhi_1={\textstyle\sum}Ca_{1a}a_{2\beta}\cdots a_{m\mu}\]において $\alpha$,$\beta$,$\cdots$,$\mu$ は $1$,$2$,$\cdots$,$m$ の順列である.
 いま $\varPhi_1$ を求めるために,行列 $(\ 1\ )$ にしるした $n$ 列の文字の中で,第 $1$,$2$,$\cdots$,$m$ 列だけを残して,その他の列の文字には $0$ なる値を与えたと想像せよ.しからば $\varPhi_2$,$\varPhi_3$,$\cdots$,$\varPhi_\nu$ の各項は,いずれも第 $1$,$2$,$\cdots$,$m$ 列以外のある列の文字を含まねばならないから,みな $0$ になってしまう.ゆえにこのとき $\varPhi=\varPhi_1$ になる.すなわち函数記号を用いるならば\[\varPhi_1=\varPhi\begin{pmatrix}\ a_{11}&a_{12}&\cdotp&\cdotp&a_{1m}&0&\cdotp&\cdotp&0\ \\[1mm]\ a_{21}&a_{22}&\cdotp&\cdotp&a_{2m}&0&\cdotp&\cdotp&0\ \\[1mm]\ \cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&0\ \\[1mm]\ a_{m1}&a_{m2}&\cdotp&\cdotp&a_{mm}&0&\cdotp&\cdotp&0\ \end{pmatrix}\tag{$\ 6\ $}\]ゆえに $\varPhi_1$ は各行 $m$ ずつの文字\[\begin{pmatrix}\ a_{11}&a_{12}&\cdotp&a_{1m}\ \\[1mm]\ a_{21}&a_{22}&\cdotp&a_{2m}\ \\[1mm]\ \cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\ \\[1mm]\ a_{m1}&a_{m2}&\cdotp&a_{mm}\end{pmatrix}\tag{$\ 7\ $}\]のみを含む整式であるが,$\varPhi_1$ はこれら $m$ 行の文字の整式として上の $(\ \text{I}\ )$,$(\ \!\text{II}\ \!)$ の二条件を満たすものであることは明らかである.実際,$(\ 6\ )$ の右辺を見れば,$(\ \text{I}\ )$ によってそれは $a_{p1}$,$a_{p2}$,$\cdots$,$a_{pm}$ に関して斉次一次であり,また $(\ \!\text{II}\ \!)$ によって\[a_{p1},\ a_{p2},\ \cdots,\ a_{pm},\ 0,\ 0,\ \cdots0\hspace{1cm}a_{p^\prime 1},\ a_{p^\prime 2},\ \cdots,\ a_{p^\prime m},\ 0,\ 0,\ \cdots0\hspace{1cm}\]なる $2$ 組が一致するとき,すなわち $(\ 7\ )$ の $2$ 行が一致するとき,$0$ になる.
 このように $\varPhi_1$ は $(\ 7\ )$ の $m$ 行の文字の整式で,それらの $m$ 組に関して $(\ \text{I}\ )$,$(\ \!\text{II}\ \!)$ の条件を満たすものであるから\[\varPhi_1=c_1D_1\]でなければならない.ここに $D_1$ と書いたのは $(\ 7\ )$ の行列式で,$c_1$ は任意の定数である.
 $\varPhi_2$,$\varPhi_3$,$\cdots$,$\varPhi_\nu$ も同様である.いま $\varPhi_k$ は $(\ 1\ )$ における第 $p$,$q$,$\cdots$,$s$ 列に関する和とすれば,$\varPhi_k$ は\[\begin{pmatrix}a_{1p}&a_{1q}&\cdotp&\cdotp&a_{1s}\\a_{2p}&a_{2q}&\cdotp&\cdotp&a_{2s}\\\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\\a_{mp}&a_{mq}&\cdotp&\cdotp&a_{ms}\end{pmatrix}\tag{$\ 8\ $}\]に関して $(\ \text{I}\ )$,$(\ \!\text{II}\ \!)$ の条件を満たすもので,したがって\[\varPhi_k=c_kD_k\]でなければならない.$D_k$ はすなわち上の $(\ 8\ )$ の行列式で,$c_k$ は定数である.
 ゆえに\[\varPhi=c_1D_1+c_2D_2+\cdots+c_\nu D_\nu.\]$D_1$,$D_2$,$\cdots$,$D_\nu$ は行列 $(\ 1\ )$ から $m$ ずつの列を取って作られる $m$ 次の行列式で $c_1$,$c_2$,$\cdots$,$c_\nu$ は任意の定数である.
$\begin{pmatrix}a_{11}&a_{12}&\cdotp&\cdotp&a_{1n}\\[1mm]a_{21}&a_{22}&\cdotp&\cdotp&a_{2n}\\[1mm]\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp&\cdotp\\[1mm]a_{m1}&a_{m2}&\cdotp&\cdotp&a_{mn}\end{pmatrix}$
 逆に,このような整式 $\varPhi$ が $(\ \text{I}\ )$,$(\ \!\text{II}\ \!)$ の条件を満たすことは明白である.
 以上の説明を総合して次の定理を得る.
 〔定理 $\boldsymbol{8.\ 15}$〕 右にしるすように $m$ 行 $n$ 列に排列された変数の整式 $\varPhi$ が
   $(\ \text{I}\ )$ 各行の変数に関して斎次一次式であり,
   $(\ \!\text{II}\ \!)$ 任意の $2$ 行が一致するとき $0$ になるならば,
  $1^\circ)$ $m\gt n$ のとき,$\varPhi=0$.
  $2^\circ)$ $m=n$ のとき,$\varPhi=cD$.
 ただし $D$ はこの場合方形である上の行列の行列式で,$c$ は任意の定数.
  $3^\circ)$ $m\lt n$ のとき,$\varPhi=c_1D_1+c_2D_2+\cdots+c_\nu D_\nu .$
 ただし $D_1$,$D_2$,$\cdots$,$D_\nu$ は上の行列から $m$ 列ずつを取って作られる\[\nu=\binom{n}{m}=\frac{n(n-1)\cdots(n-m+1)}{m\ \!!}\]個の行列式で,$c_1$,$c_2$,$\cdots$,$c_\nu$ は任意の定数である.
 〔注意〕 $2^\circ)$ は $3^\circ)$ の特別の場合である.$\nu=\dbinom{n}{m}=1$.$1^\circ)$ はまた $2^\circ)$ の若干列を $0$ でおき換えることによっても得られる.
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