初 等 整 数 論 講 義 第 $2$ 版

$\blacktriangleleft$ 序言  $\S\ 1.$ 整数の整除 $\blacktriangleright$

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第 $2$ 版  序

 本書の内容については,著者の序言の中に詳しく述べられている.そこで引用されている著者の「代数学講義」と本書との内容を併わせれば,著者高木貞治先生($1875$-$1960$)が,数学科の,主として初年級の学生のために行なわれた講義がその基調となっている.本書のこの第 $2$ 版は初版の原型のままであるが,読者の要望に従って,可能な範囲で表現を現代の慣用に改めたことと,$\S50$,$2.$の中で,問題 $3$ の解以下を第 $2$ 版で書き換えたことをお断りしておく.
 本書全般の記述,特に著者自身の創設になる類体論の光輝のもとに,その最も身近かな具体的事例として解説された二次体論の記述は,読者に強い感銘を与えるものであることは,言うまでもない.他方,本書に散見する歴史上の附記は,初版刊行の $1931$ 年の現状に基づくものであるので,その或るものに対しては,その後の数学の発展に関する解説をつけ加える責務を感ずる$*$次頁参照)
 校正は第四校で校了としたが,初校および第三校において,理学博士 黒田成信氏の周到な協力を得た.また共立出版株式会社編集部の坂野一寿,安部登祉子両氏の援助を得た.これらの諸氏に対し,ここに深く感謝の意を表明する.

 $1971$ 年 $9$ 月

東京において  
黒 田 成 勝




 $\left.*\right)$ しかし,著者の主なる意図は,本書を通じて,読者が代数的整数論に到達するための正統的な道を示すことにある.したがって,この目的の範囲外に属するこの解説は,ここの余白の範囲内で,その要点を簡略に記せば,たりると思う.
 最初に,今世紀の $40$ 年代から $50$ 年代に移行した時期に発表された A. Selberg の研究の成果は,Dirichlet の算術級数の定理($21$ 頁$**$)と,素数定理($22$ 頁),およびその拡張,の初等的証明を完成して,永い間の懸案を解決した($385$ 頁参照).
 次に$230$ 頁に記されている Thue の定理が,K. F. Roth によって,その最終形にもたらされた($1955$).すなわち,$230$ 頁の Thue の式において,右辺の $k$ を $n-3$ 次以下の $x$,$y$ の整係数の多項式で置き換えても定理は正しいというのである.次数の $n-3$ は,可能な最良の値で,それを $n-2$ にすることはできない.この意味でこの結果がこの定理の最終形である.
 また,I. M. Vinogradow は初版刊行後数年を経て,十分大きな奇数は三個の素数の和として表わされることを証明した($1937$).これは Goldbach の推測($24$ 頁)の変形の証明であるが,Goldbach の推測そのものは今日も尚未解決のままである.初版刊行後のこのような数学の発展に触れて行けば,限りがない.
 それよりも重要なことは,整数論,特に初等整数論と,他の重要な二つの科学との接触である.その第一は,永い間,独立の歴史を有する論理学と整数論との接触,その第二は,最も斬新な科学である計算機科学との接触である.
 さきに述べた Selberg の初等的証明は,ゼータ函数や $L$-函数を用いないというだけでも興味あるものであるが,初等的証明ということの本質的意義が何であるかという問題が,当時当然論議された.Selberg の証明は,実数の連続性の公理を本質的には用いていないし,また排中律とも独立であろう.このような整数論の論理的解析は,むしろ論理学の問題で,まだまだ時間のかかる仕事である.特に初等整数論の大きな特徴が構成的性格にあることから,回帰的数論の定義とその範囲とが,論理学方面からとりあげられている.
 最後に,計算機科学と初等整数論との密接な関係は,予期以上に重要である.一つの例だけを挙げれば,数論でよく使われる実際に計算し得る(effectively computable)という概念が,いつかは計算が完了することを意味するのか,計算完了の時間が原理的には評価し得ることを意味するのかで,明確に区別される二つの構成的数論の範囲が生ずる.また,本書に散在する数例の現状に関する歴史的事実(たとえば $15$ 頁参照)は,計算機の発達に伴って急速に更新されつつある.
 上記の解説は,本書本文に関連を有する事柄であるし,それ自身重要なことでもあるが,本書の主なる目的外のことであることを,もう一度附記しておく.

 $\left.**\right)$ 頁数は本書第 $2$ 版の頁数,以下同様.






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