増訂解析概論

底本(付録(一)$\S9$)

付   録

(一) 無 理 数 論

$9.$ 実数の集合の一つの性質

  有理数の全部には番号が付けられる(可算,可付番,abzählbar$*$$\ ^*\ $abzählbar(かずがよめる)は Georg Cantor の造語である.それの英訳は denumerable,フランス語訳は dénombrable.「可付番」は良い日本語というものではないだろうが,慣用されていた.).番号といってもそれは大小の順序とは無関係である.$――$有理数に大小の順序に従って番号を付けることは,稠密性が許さない.正の有理数を自然数の商として $\dfrac{n}{m}$ の形に書いて,それに平面上の格子点 $\left(m,\ n\right)$ を対応させるならば,それらの格子点に$\S50$ に述べたようにして,番号が付けられる.同一の有理数に無数の格子点が対応するけれども,重複するものを除いて番号を繰り上げればよい.
  例えば$\S50$,右の図のようにすれば,番号順は次のようになる.\[\frac{1}{1},\ \frac{1}{2},\ \frac{2}{1},\ \frac{1}{3},\ \frac{3}{1},\ \frac{1}{4},\ \frac{2}{3},\ \frac{3}{2},\ \frac{4}{1},\ \frac{1}{5},\ \frac{5}{1},\ \cdots\]  正の有理数に $a_1$,$a_2$,$a_3$,$\cdots$ のように番号が付けば,$0$ および負の有理数をも入れて,例えば\[0,\ a_1,\ -a_1,\ a_2,\ -a_2,\ \cdots\]のようにして,全ての有理数の順番が決められる.
  すると,実数の全体に関しては,たとえそれを一定の区間内に限っても,決して漏れなく番号を付けることは出来ない.それを手軽に証明するために,仮に区間を $\left(0,\ 1\right)$ として,区間内の全ての実数に $\alpha_1$,$\alpha_2$,$\cdots$,$\alpha_n$,$\cdots$ のように番号が付けられたと仮定して,これらの実数を十進法で表して\begin{eqnarray*}\alpha_1&&=0\hspace{0.15em}\cdotp{c_1}^{\left(1\right)}{c_2}^{\left(1\right)}\cdots{c_n}^{\left(1\right)}\cdots,\\\alpha_2&&=0\hspace{0.15em}\cdotp{c_1}^{\left(2\right)}{c_2}^{\left(2\right)}\cdots{c_n}^{\left(2\right)}\cdots,\\\cdots&&\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots,\\\alpha_n&&=0\hspace{0.15em}\cdotp{c_1}^{(n)}{c_2}^{(n)}\cdots{c_n}^{(n)}\cdots,\\\cdots&&\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\cdots\end{eqnarray*}とおいてみる.ただし,十進数として二通りに書かれるものは,正規の記法を取ることとする($0.5000\cdots$ のように書いて,$0.4999\cdots$ のようには書かない).
  さて上記のような表が与えられているとき,その表に漏れている数が区間 $\left(0,\ 1\right)$ に必ずあることが,次のようにして示される.十進法で\[\alpha=0.c_1c_2\cdots c_n\cdots\]とおいて,数字 $c_1$,$c_2$,$\cdots$ を次のようにきめる.すなわち各々の位 $n$ に関して $\alpha_n$ の数字 ${c_n}^{(n)}$ が偶数($0$ をも含めて言う)ならば $c_n=1$,また ${c_n}^{(n)}$ が奇数ならば $c_n=2$ とする.そうすれば,$\alpha$ と $\alpha_1$ は第一位の数字が違い,$\alpha_2$ と第二位の数字が違い,一般に $\alpha_n$ と第 $n$ 位の数字が違って,しかも $\alpha$ の数字は $1$ か $2$ かで,$999\cdots$ で終わることはないから,$\alpha$ は $\alpha_1$,$\alpha_2$,$\cdots$,$\alpha_n$,$\cdots$ のどれとも違う.この $\alpha$ は区間 $\left(0,\ 1\right)$ にあるけれども,上記の表にはない.すなわち番号が付いていない.
  これがカントールの有名な対角線論法である.
  任意の区間 $a\lt x^\prime\lt b$ においても同様である.それを見るには,変換 $x^\prime=a+\left(b-a\right)x$ によって区間 $\left(0,\ 1\right)$ 内の $x$ と $\left(a,\ b\right)$ 内の $x^\prime$ の間に $1-1$ 対応を作ればよい.もしも $\left(a,\ b\right)$ 内の $x^\prime$ に番号が付けきれるならば,$x^\prime$ に対応する $x$ に同じ番号を与えて $\left(0,\ 1\right)$ 内の $x$ に番号を付けてしまえるはずであるが,それは不可能である.
  それよりも重要なのは,無理数だけを取っても,すでに番号付けが出来ないことである.$――$ もしもある区間内の全ての無理数に,$b_1$,$b_2$,$\cdots$,$b_n$,$\cdots$ のように,番号が付けられるならば,同じ区間内の有理数に $a_1$,$a_2$,$\cdots$,$a_n$,$\cdots$ のように番号を付けて,双方を交代に $a_1$,$b_1$,$a_2$,$b_2$,$\cdots$ のように入れ混ぜて,区間内の全ての実数の順番がきめられるであろう.それは不合理である.
  大小の順序においては,有理数も無理数も各々稠密にかつ交錯して配列されているが,無理数は圧倒的に濃厚に分布されていると言わなければなるまい.
  ここまで来れば,$\sqrt{2}$ などによらないで,無理数の存在が自然に分かるのであった.


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